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1: 歴ネタななしさん
https://sirabee.com/2019/04/14/20162065357/
『ブラタモリ』(NHK)で、タモリが山梨県の甲府盆地を歩いた。かつて甲府盆地を治めた武田信玄に迫る。
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13日に放送された『ブラタモリ』(NHK)では、タモリ一行が山梨県の甲府盆地を訪問。タモリいわく、甲府盆地は「大地のせめぎ合いの場所」。フィリピン海プレート、北アメリカプレート、ユーラシアプレートの3つのプレートが重なる場所にある。

そんな甲府盆地は、戦国時代、「甲斐の虎」とも評される戦国大名の武田信玄が治めていた地だ。

■21歳で治水事業に着手

天文10年(1541年)、20歳のときに父・信虎を駿河国に追放して甲斐武田家19代目当主として家督を相続した信玄は、21歳から甲府盆地の河川の大治水事業に着手し、20年かけて川の流れを改善。広大な土地を手に入れた。

しかし、たくさんの川を束ねたことで水の量は多くなり、氾濫する恐れがあったため、信玄は全長50kmの堤防を築いたという。「信玄堤」と呼ばれるこの一大事業は、現在も同地域の治水のベースとなっている。

■堤防を踏み固めるため男たちが女装

さらに、信玄は堤防を守るために、丸太を組み石でおもしをつけた「聖牛」で、水の勢いを抑える仕組みを考えた。また、この仕組みは、流木や土砂を左右に散らし堤防にぶつかるのを防いだ。

その他にも、信玄は堤防を踏み固めるという地味な土木作業を、男達が女装して美人になりお神輿を担ぐ「おみゆきさん」という華やかな祭りにした。

富士山の女神である「木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)」の乗ったお神輿を担ぐこの祭りでは、300人近い行列が堤防の上をゆっくり歩くという。

■信玄の治水事業に称賛相次ぐ

この信玄の考えた治水事業に、視聴者からは「素晴らしいアイデア」などの称賛が相次いだ。
※ 全文は記事で

6: 歴ネタななしさん
人は記憶型と思考型に大別できる

霞堤を組み合わせてる
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12: 歴ネタななしさん
甲府盆地といえば日本住血吸虫症だろ

13: 歴ネタななしさん
>>12
同意。今回は困難?がテーマなんだから日本住血吸虫症は当然やると思ったわ


18: 歴ネタななしさん
御勅使川の流れを変えて
双葉の七里ヶ岩にぶつけたんだよな?

25: 歴ネタななしさん
これ面白かった。
戦国武将って、戦に強いだけじゃなく、ちゃんと治水とか国政にも強かったんだな。

51: 歴ネタななしさん
>>25
むしろ大名は土木工事の方がメインの仕事というくらい土木のプロフェッショナルだった

27: 歴ネタななしさん
信玄の力をしても地方病(山梨の風土病)には無力だったんだよな

30: 歴ネタななしさん
>>27
終息宣言がでたのが1996年だもんなあ。。。つい最近だもの
苦しんでるわな

32: 歴ネタななしさん
このスレ見て日本住吸血虫症を調べたら面白かったわ。

36: 歴ネタななしさん
躑躅ヶ崎館とか読めねーよ。
誰も攻めてこないから城がなかったのか。

39: 歴ネタななしさん
>>36
いや今川も北条も普通に攻めて来てるし周囲に城はちゃんとあるぞ

37: 歴ネタななしさん
信玄が大掛かりな治水工事を行ったこと知らなかった
いまでも堤防を人力で固める祭りがあるんだね

42: 歴ネタななしさん
素晴らしいアイデアはでるもんだよ
大事なのは、今の言葉で言うならマネージメント能力
何が大事なのかを理解する能力でもある

43: 歴ネタななしさん
信玄はよくこんな僻地で
耕作地域とマンパワーが抜けてる北条氏
ドル箱の日本海航路と越後金山を抱える上杉謙信
安部金山や東海道の陸海交通利益を独占してた今川氏
膨張期を迎えた織田信長とやりあえてたな

まさに人は石垣といったとこだな
黒川金山と今川から奪った安部金山が産出が減るする次代で滅ぶのもそりゃ当然

96: 歴ネタななしさん
>>43
爺さんの婚姻政策でがんじがらめになった伊達政宗と逆で
信玄の代で外交片っ端から裏切ったんで勝頼の代で味方いなくなった

45: 歴ネタななしさん
と思ったが武田は人を使い捨てにすること多かったからやりあえてたのか?
指揮官級の武将の戦死率が他家より高いな

49: 歴ネタななしさん
>>45
孫子読んでたから戦は最後の手段であって調略が基本だよ
侍大将級の戦死はそれほどの相手だってだけだ

53: 歴ネタななしさん
戦国最強とか言われるが、 親父の信虎が既に甲斐統一してたし、 信濃進行の足場固めしてた。
環境は整ってたんだよ。
これは信長も同じ、謙信も、政宗も、義重も。本当に評価されるべきは、 小豪族から複数の国平らげた、 毛利元就と長宗我部元親だよ

59: 歴ネタななしさん
>>53
そこは完全な余所者からスタートした北条早雲だろ

92: 歴ネタななしさん
>>53
>>59
その意味じゃ
美濃の道三もすごい
油売りから成り上がり、一国を乗っ取った

93: 歴ネタななしさん
>>92
それって昔の説やん
油売りは父親のほうでしょ
父子二代の業績が道三一人で成し遂げられたように勘違いされてきた

57: 歴ネタななしさん
信玄公は治水だけじゃなくて道路の整備も力入れてた。
棒道という軍事用道路は有名

67: 歴ネタななしさん
信玄じゃなくて部下が考えたものを承認したんだろう
信玄の凄いところは優秀な人材を確保し活用する頭の柔らかさと度量、そして本人のカリスマ性

76: 歴ネタななしさん
これ父親の武田信虎がすでに手がけていたのに
息子の武田信玄が全部やったことにされてると聞いたぞ

78: 歴ネタななしさん
風土病を乗り越えて治水やったんか。すげぇな

79: 歴ネタななしさん
甲陽軍鑑など簒奪を正当化し武田信玄を持ち上げるために
信虎は実態以上に悪く書かれ本当の業績は評価されない
そういうところにもスポットあてないとな

81: 歴ネタななしさん
>>79
信虎も勝頼も、甲府を信長のような中央集権国家にして失敗したからな。 

政策的には信玄に劣らず有能なんだが、豪族に嫌われた。

84: 歴ネタななしさん
>>81
信玄ですら完全な一円支配は出来なかったからな
出自からして正統性が薄い勝頼はかなり気の毒な面もあった

85: 歴ネタななしさん
>>81
勝頼はお父ちゃんの作ったシステムの一番の犠牲者って感が否めないよね
信玄て、気の荒い家臣たちを纏めるためにどんどん土地与えて他国侵略精神を煽って、
結果土地もなくなり奪い合い状態、
求心力が失われかけたところで死んじゃって勝頼が全部背負うことに。

勝頼は領土広げて頑張ったけど家臣団の忠誠心はすでにポロポロだし
まあ気の毒な四男

87: 歴ネタななしさん
>>85
というか勝頼は諏訪家だから滅ぼされた家の仇でもあるんだよなぁ
それが武田を背負うことになるというのが
そもそも信廉でよかったんじゃないの説

94: 歴ネタななしさん
信玄は有能だと思うんだが、最後が良くないよなあ。信長に喧嘩売ったまま死んでしまったから
それが武田滅亡の遠因になってる。あそこまで行ったら、信長の首取ってから死なないとなあw
信虎が晴信追放に成功して、温厚な信繁に継がせてたらとか妄想してしまうなw

140: 歴ネタななしさん
>>94
因みに温厚であろうが、交誼を図っていようが、織田は関係なく攻め込んでくるよ。
朝倉対策が終われば、武田は攻められる運命にあった。

長宗我部があれだけ早くから交誼を図っていたのに共通の敵である三好が衰えた
後には四国攻めを受けることになったのと同じようにな。

113: 歴ネタななしさん
戦国大名って要するに民衆を大切にする暴力団でしょ

115: 歴ネタななしさん
>>113
じゃあ今の国家と同じだなw

ネタ元: ・【ブラタモリ】甲府盆地を歩く 武田信玄の大治水事業に称賛の声相次ぐ