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2: 歴ネタななしさん
醤油とか味噌汁とかの歴史とか結構わかってないから面白い

3: 歴ネタななしさん
鮑が贅沢品

4: 歴ネタななしさん
酒は濁り酒だったは常識かな

5: 歴ネタななしさん
家康は麦飯ばかり食べてた

6: 歴ネタななしさん
http://www.mirokuya.co.jp/syokubunka/bunka31.html

日本人は日に三度の食事をする。毎回少ししか食べない。
肉はわずかしか食べない。但し鶏は食べない。
それは鶏は家に飼っているから食べないそうである。

日本人が食べるのは米と豆とムンゴ
(インド地方で木の実を言う)山芋と麦。
また麦をどろどろに煮て食べるようである。
日本人がパンを作るのを見なかった。
米から作る酒と身分の別なく飲む酒があり、
酩酎すると日本人はすぐに眠ってしまうので
酔っぱらいは見たことがない。
豆で作るチーズを食べる(豆腐)私は食べたことがないので
其の味はしらない。

7: 歴ネタななしさん
http://blog.livedoor.jp/kenko856/archives/50642688.html


『戦争絶ゆることなきを以て、地は物を産せざれども、 本来甚だ豊沃(ほうよく)にして、僅かに耕作することにより、 多量の米を得、即ち当国の主要な食料なり。  

また麦、粟、大麦、空豆(そらまめ)、 その他豆類数種、野菜は大根、蕪(かぶら)、茄子(なす)、 ちしゃの実。また果物は梨、石榴(ざくろ)、 栗などあれど甚だ少なし。 肉は甚だ少なく、全国民は肉より魚類を好み、 その量多く、また甚だ美味にして佳良なり。』 

〔注.ちしゃ(原文は漢字)はサラダ菜類です〕

パードレ・ガスパル・ビレラはフランシスコ・ザビエルの後に活躍したポルトガル人の宣教師です。

8: 歴ネタななしさん
この手のは宣教師の記録が大活躍だな

9: 歴ネタななしさん
芋茎の縄みたいな携帯口糧には興味がある

10: 歴ネタななしさん
あれ、どこかで日に3食の風習は江戸時代に入ってからと聞いた覚えが。
戦国期は通常2食、戦争時3食+夜食ではなかったか。

どのみち油が貴重品だったので炒め物、揚げ物が出来ない。
この時点で現代人の口には合わないだろうね。

思いつきで書くと家康が中ったといわれる鯛のテンプラ
現代人は鯛の鮮度とか寄生虫に思考が行くけど、油が古かったのではと今思った。

11: 歴ネタななしさん
1日3食は応仁の乱以降 定着したのは江戸時代

15: 歴ネタななしさん
しかし仏教の戒めで4つ足は食べないというが、
中国じゃ豚肉や牛肉は食べられていたと言う

25: 歴ネタななしさん
>>15
それでいう4つ足は牛と馬のことで豚は関係ない。
日本では古来から牛や馬は神聖な動物ともされていたことや
牛頭馬頭思想もあってそうなっていったんでは?とも言われている。
なんで牛や馬以外は案外と食べられていたらしいよ。

17: 歴ネタななしさん
長崎の郷土料理である卓袱料理に中華とオランダの影響が見られるんじゃなかったっけ?

18: 歴ネタななしさん
江戸時代の都市部では今と変わらないぐらい様々な料理が発展していたが、戦国時代はよく分からない
とりあえず、松茸とか鯛とかは昔から高級品であったようだが

19: 歴ネタななしさん
>>18
鯛を珍重するようになったのは江戸時代だな。戦国期の高級魚は鯉

22: 歴ネタななしさん
本能寺の変の原因と言われる「ふな寿司」を忘れちゃいかん
寿司は江戸時代に普及したから、ふな寿司こそ寿司の古典かもしれん

23: 歴ネタななしさん
南都諸白のような酒米と麹の両方に白米を使う酒が生まれたのもこの頃だよな
当時と同じ手法で作った「醍醐のしずく」という酒があるが飲んでみたいもんだ

26: 歴ネタななしさん
明治初期の日本中の村の記録を読むと
  人口 世帯 石高 牛頭数 馬頭数
が記載されている。
牛、馬は農機として裕福な農家だけがもてる財産だったみたいだから食べてないと思うよ。

27: 歴ネタななしさん
別に禁止されていた訳ではないが、やはり肉食はゲテモノ食いの様に見られて一般的ではなかったな
地方では肉食忌避の風習が昭和40年代ぐらいまで残っていたし

28: 歴ネタななしさん
まあそれでも百獣屋とかそれなりに繁盛してたんじゃないの?
それに井伊家なんかは牛肉の味噌漬けを作って売りさばいてたらしいじゃん

29: 歴ネタななしさん
紀州藩の武士だっけか
友達から鍋借りて豚鍋したら、臭いがとれないと文句言われたのは

32: 歴ネタななしさん
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12114860462

大坂夏の陣について

「米五升、干鯛一枚、並びに糒樽、その外味噌、鰹節、香ノ物、右の通相応に持たせ参るべし。 此外は少も持参つかまつる間敷」(武辺咄聞書)

「今度は手間もいるまじく候間、惣軍小荷駄も無用につかまけり、 三日の腰兵糧ばかりにて罷り出づべし」(大坂御陣覚書)

前述した逸話を見ると徳川家康は大坂夏の陣は短期決戦と踏んで出陣しているようです。

35: 歴ネタななしさん
>>32
干鯛って美味しいのかな?聞いたことないがw

夏の陣で干鯛食って豊臣を滅ぼしたから、
翌年に鯛の天ぷらが当たったのか? すごい縁だなw

40: 歴ネタななしさん
今も昔も鮭は人気なんだな
江戸中期には村上藩で放流が始まったし
戦国時代にも佐竹家中で鮭を巡って配下の額田氏と石神氏が戦になったという逸話もあるし
相当に高価のものであったようだ

41: 歴ネタななしさん
>>40
内陸までやって来る海の魚だから各地で珍重された様だな
内陸に存在する鮭神社は昔はその地域まで鮭が遡上してきた証拠

45: 歴ネタななしさん
大河の利家とまつで
浅野長政がそうめんを食べるシーンがあったな

当時のめんつゆとかどうだったんだろ

47: 歴ネタななしさん
>>45
酢と塩だろうね

46: 歴ネタななしさん
ウィキペディア先生によると、
奈良時代の長屋王の屋敷から出土した木簡に、
そうめんの記載があるらしいが、
室町時代から今のそうめんになったらしい

結構歴史があるんですなあ

50: 歴ネタななしさん
めんつゆ
こんぶだしや鰹だしはずっと後なのか

54: 歴ネタななしさん
>>50
出汁はあった。
すでに鰹節の原型はあったよ。

ただ江戸時代の初めごろまでは、醤油よりも味噌のほうがよく使われていた。
そんなわけで水戸黄門が若いころ町の屋台でうどんを食べたり、後に自分で打って家臣にふるまったときの汁は味噌ダレ。

52: 歴ネタななしさん
そもそも醤油が江戸時代中期からだろ
戦国時代はにゅうめんみたいに味噌汁に入れて食べるのは有ったかも

53: 歴ネタななしさん
永正10年 1513 臥蛇島より種子島氏へカツオ節5連、カツオ煎汁の小桶、綿18把(実際は9把)を上納。

と言う記録が有るみたいだから、
カツオ煎汁=カツオだし

はあったんじゃないかな。

56: 歴ネタななしさん
戦国時代なんて味噌味噌アンド味噌の頃
とはいえ大豆の万能性には恐れ入る

57: 歴ネタななしさん
現代でも大豆の万能性には驚くよ
最近は消滅に瀕しているけど、ご飯、味噌汁、納豆、焼き魚という定番朝食とか
味噌汁は味噌(大豆)、豆腐(大豆)、油揚げ(大豆)
納豆は納豆(大豆)、醤油(大豆)
とか大豆だらけ
大豆に大豆の具を入れて大豆の調味料で味付け
日本人と言えば米だけど、実際は米と大豆と言うべきだな
江戸時代には豆腐料理だけでも数百種類あったらしいが
戦国時代にもそれなりにあっただろうね

63: 歴ネタななしさん
>>57
大豆を腐らせた=納豆
大豆を箱に納めて固めた=豆腐
なのだが、どこかで名前が逆になった説があるよね

58: 歴ネタななしさん
米と大豆製品があれば日本人は生きていけるな

60: 歴ネタななしさん
実際味噌と玄米さえ食ってれば必要栄養素は摂取できるとか聞いた

61: 歴ネタななしさん
白米に替わってから脚気が急増した裏付けがあるからな
その他の雑穀を混ぜるのは栄養補完ではなくコスト削減のためだし、蕎麦も同じように安物穀物扱いだった

ところで大豆は少なとも平安から使われているのは知っているが、救荒作物であることが判明したのはいつ頃だろうな

88: 歴ネタななしさん
なにか手軽にできる戦国料理の料理を作ってみたいな

89: 歴ネタななしさん
焼き味噌と湯付け

90: 歴ネタななしさん
食材自体が変わってるから
味を再現するのはなかなか難しいかもしれない

ネタ元: ・【信長のシェフ】戦国時代の食文化を議論するスレ