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1: 歴ネタななしさん
今の車と違って庶民の客層0人だから経営厳しくね?

2: 歴ネタななしさん
手入れもやってんだろ

3: 歴ネタななしさん
メンテナンスで稼げるだろ

5: 歴ネタななしさん
刀の他にも包丁とか鎌とか作ってたんじゃねえの

6: 歴ネタななしさん
商売は誰から注文があるかが凄く大事
新しい刀作ったら絶対に売れるし店が潰れそうなら絶対に助けてもらえるから今の大手インフラ系企業みたいなもん

7: 歴ネタななしさん
刀以外にも農具作ってるぞ

8: 歴ネタななしさん
農具の需要めちゃくちゃありそう

10: 歴ネタななしさん
すぐ折れる刀だからへーきへーき

11: 歴ネタななしさん
>>10
江戸は戦無いし‥‥

12: 歴ネタななしさん
鍛冶屋なら百姓道具も作ってたろ

13: 歴ネタななしさん
刀屋と言っても刀一本作るのに多くの人が関わってるからな

14: 歴ネタななしさん
徳川幕府の政治体制が整えられると、日本刀の所持に関する明確な規定も設けられました。武士の大小差し、すなわち打刀(うちがたな)と脇差(わきざし)の差料(さしりょう:自分が腰に差すための日本刀)の寸法が決められたのです。

また、武士ではない町人などでも、届出があれば、旅行時や夜間外出時の護身用として脇差の携行が許可され、こちらも差料の寸法が決められました。

このため、日本刀に対する新たな需要が増え、江戸時代以前から鍛刀が盛んであった美濃国(現在の岐阜県)や京都、越前国(現在の福井県北東部)だけでなく、全国各地の刀鍛冶が繁栄。日本の中心地である江戸での鍛刀も盛んになり、「大坂新刀」を生み出した大阪と並び、新刀期の主要生産地となります。

また、1657年(明暦3年)には「明暦の大火」が発生。江戸の大半を焼く大火災により武家屋敷の多くが被害を受け、所有されていた古刀も焼け身となってしまいました。このときの刀の不足を補うために、江戸新刀の刀工達は大いに活躍して需要に応え、その名声を後世に残したと伝えられています。

16: 歴ネタななしさん
打ち粉や刀油とかいろいろ消耗品あるだろ

18: 歴ネタななしさん
菊一文字は未だに包丁作ってるぞ

19: 歴ネタななしさん
別に抜く機会なんてないんだから中身なくてもいいんじゃない

21: 歴ネタななしさん
>>19
その発想でできたのが竹光

ネタ元: ・江戸時代の刀屋って武士しか客いないのに1度買ったら当分来ないじゃん?