1: 歴ネタななしさん
2017y02m20d_081203000
北海道
松前慶広(1548-1616)

幼名「天才丸」(迫真)。
松前(蠣崎)氏は元々蝦夷に移住した武田氏の子孫。
歴代当主はアイヌとの抗争を広げてきたが、慶広の代にはだいたいの抗争を収束に向かい、中央政府との外交も進めるなど国内外で優秀な政治力を発揮した。

6: 歴ネタななしさん
青森県
津軽為信(1550-1608)

国衆大浦家の養子だが、出自不明で南部一族だの流れ者の孤児など多岐にわたる
お世話になった主家の大浦家はもちろん、領地の支配者石川氏や北畠顕家の子孫・浪岡家を滅ぼすなど大暴れ
その暴走っぷりもあって周囲大名から総すかんを喰らうが、群馬からやってきた謎軍師・バブみ力の高い嫁などを味方に5万石の独立を勝ち取った

戦国一のアイデアマンとして有名
 

7: 歴ネタななしさん
わい沖縄県民
そっとじ

8: 歴ネタななしさん
>>7
王様おったやん

9: 歴ネタななしさん
やっぱり下剋上の時代なんやね
世話した人に背後から刺されるとか嫌だわ

10: 歴ネタななしさん
岩手県
南部信直(1546-1599)


前当主・南部晴政の養子となるが、晴政に子供ができたため南部一族の中で鼻つまみ者にされる。
さらに父は津軽為信の反乱で戦死するなど後ろ盾を失うなど前半生は波乱万丈だった。
戦が強いわけではないが、謀略・外交策・高性能爺軍師の存在でライバル九戸氏と斯波氏を滅ぼす


15: 歴ネタななしさん
>>10
晴政じゃないのか…

14: 歴ネタななしさん
秋田県
安東愛季(1539-1587)

東北の海賊。安東水軍のリーダー
安東水軍は生き残り対策として、長年檜山系・湊系に分かれてきたが愛季はこれを彼のカリスマ性で統一した
カリスマ性で統一した(大事なことなので二回言いました)

秋田港の整備を進める一方で内陸部の介入も開始しており、安東領北側の国衆・浅利氏にちょっかいを出している

370: 歴ネタななしさん
>>14
秋田市民で安東愛季や秋田実季を知ってる人まずいねぇ
むしろ佐竹義宣さんが最初から秋田にいたと思ってるのがほとんどだったり

18: 歴ネタななしさん
山形県
最上義光(1546-1614)


みんな大好き鮭様
長年、政宗の敵、謀殺大好きおじさんというイメージがあるが、基本的に戦がおきると大将突撃して教育係が頭を抱えており、とんだ風評被害である

家族愛にあふれ、父とは政治的に対立しながらも生涯通して仲が良かったり、娘を溺愛しすぎて法律制定するなど子煩悩っぷりも有名
しかしその溺愛がのちに悲劇を招くことに・・・

19: 歴ネタななしさん
だいたい光栄のせい

20: 歴ネタななしさん
宮城県
伊達晴宗(1519-1578)

伊達政宗のおじいちゃん。
父・稙宗の種馬政策に反対し東北中の大名を巻き込んだお家騒動を引き起こす
なお本人は、隣国の美人で有名な娘を拉致して強引に結婚するやべー奴

21: 歴ネタななしさん
晴宗は米沢と福島やろ
もうちょい探してきて欲しいわ

22: 歴ネタななしさん
福島県
蘆名盛氏(1521-1580)
田村隆顕(?-1574)
相馬義胤(1548-1635)

福島県は中小大名がひしめき合って大大名がいないため有力な3人の大名をセレクト
蘆名氏は会津地方を中心に勢力を拡大した大名で、盛氏は武田信玄と同じくらい才覚があると評価されている

田村隆顕は伊達氏との同盟を強め、蘆名氏と領内の生糞坊主と戦った勇将

相馬義胤は50年にもわたり伊達氏と抗争を繰り広げた猛将だが、どこか抜けている所がある。領民からは非常に慕われており「義胤が戦になったら殉死する家臣ってどれくらいいるんだろう」とぽつりつぶやくと、城下の人々まで広がりほとんどが殉死すると答え、義胤が慌てて他国との講和に踏み切ったエピソードがある

24: 歴ネタななしさん
茨城県
佐竹義重(1547-1612)

北条氏と関東の覇権を争う一方で、衰退した蘆名氏へ介入するなど二方面作戦を展開した関東ナンバー2。どちらも中途半端な結果に終わり、逆に北条と伊達に挟撃され絶体絶命となったが、こんなこともあろうかと前々から外交してきた豊臣秀吉を関東に召喚することに成功。
北条滅亡、伊達家転封という逆転劇を達成した。
どさくさに紛れて領内の国衆にニフラムかけて全滅させるなど抜け目がない

37: 歴ネタななしさん
>>24
ニフラムのせいで大掾氏とかそこそこレベルの人たち消えるのほんまエグい

30: 歴ネタななしさん
栃木県
大田原資清(1486-1560)

那須与一の子孫・那須氏に仕える家臣だったが、彼の活躍を妬んだほかの家臣に福井県に追放される
その後20年かけて主家に復帰し、ライバル家臣を滅ぼすのはもちろんのこと主家・那須家まで乗っ取りに成功した
北関東一の梟雄

息子の三兄弟まで謀略に自信ニキなので非常に恐ろしい

31: 歴ネタななしさん
築城全振りしてたくせに一夜城に怯んで負けたのが我が県の代表か…

35: 歴ネタななしさん
群馬県
長野業正(1491-1561)

群馬なのに長野氏とはこれいかに。
元々は関東管領・山内上杉氏に仕えていたが、川越夜戦で関東情勢が北条優勢になると北条にやむなく従う
その後武田信玄が上野介入してくるがことごとく撃退し続けた名将。


38: 歴ネタななしさん
熊本は加藤清正かな

41: 歴ネタななしさん
>>38
甲斐「そうか、拙僧ではアカンのか…」

44: 歴ネタななしさん
>>41
大志の顔グラは一番好き
イケメンだらけの糞グラの中で数少ない神グラだと思う

46: 歴ネタななしさん
千葉県
正木時茂(1513-1561)

里見だと思った?残念家臣の方だ。安房の大名・里見義尭に与した国衆で槍の名手。しかし槍の師範に「お前の扱い方ではすぐ戦死する」と怒られており「師範はあてにできないから自己流でいく」と師範に倣うのを辞めた戦国のイチロー


福井の大大名・朝倉宗滴からは「織田信長と正木時茂は大物になる」とか言われてた模様

51: 歴ネタななしさん
静岡中部とか戦国で真っ先に討たれてからは大大名おらんのよなぁ…

52: 歴ネタななしさん
岐阜県民ワイ、待ち遠しい

53: 歴ネタななしさん
千葉「えっワイ千葉代表ちゃうんですか!?」

54: 歴ネタななしさん
長野県民ワイ、高みの見物

55: 歴ネタななしさん
道三は2代目だから一応岐阜生まれなんやね

56: 歴ネタななしさん
埼玉県
成田長泰(1495-1574)

成田氏は平安時代以降、関東に住み着いた有力農民が武士化した家で関東管領に代々仕えていた。
北条氏をしばくために上杉謙信に味方して小田原城を包囲するが、イきる謙信に「成田家は源義家公とマブダチやぞ」と説教して勝手に戦線離脱する剛胆さを披露

腹いせに帰宅途中の謙信に城下町を放火されました



61: 歴ネタななしさん
成田とかいう地味に長い間名前出てくる領主すこ

60: 歴ネタななしさん
???「福島代表がワイやないやと…?」
no title

65: 歴ネタななしさん
東京都
北条氏照(1542-1590)


北条氏康の三男。一説によると八王子市の名付け親だという
氏康以降の北条家では外交・軍事共にトップの実力で、氏照に任せていれば北条家は安泰だというイメージがあったらしい
しかしそれが原因で小田原征伐では豊臣と戦争する急先鋒となり北条家滅亡の遠因となる。

夫婦そろって笛が趣味という風流な人

68: 歴ネタななしさん
>>65
あー…氏康か早雲かと思ったわ

70: 歴ネタななしさん
>>68
早雲は相模なイメージ
静岡の伊豆韮山

72: 歴ネタななしさん
>>70
失礼
なら神奈川代表かな

73: 歴ネタななしさん
>>68
早雲は相模までやし氏康も小田原の領主だからなあ…
東京にするには縁が薄いし家康か道灌にされると思われる

76: 歴ネタななしさん
>>73
せやけど家康は三河なんよねぇ…
ワイは例え最初期に消えようとも今川義元が駿河代表やと思う

74: 歴ネタななしさん
神奈川県
北条氏康(1515-1571)

有名すぎるのでさらっと
不良大名と言われ、氏康が当主に付いた当初は北条家はすぐ滅ぶとか言われてたらしい
実際河越夜戦では河越城に進撃する一方で氏康は敵側に土下座レベルの謝罪手紙を送りまくっていたらしく、奇襲成功はガチでマグレだったっぽい

79: 歴ネタななしさん
新潟県
上杉謙信(1530-1578)

山梨県
武田信玄(1521-1573)



つよい(革新)。

82: 歴ネタななしさん
>>79
説明すんのもあほらしーわな

84: 歴ネタななしさん
なにげに上杉謙信が強すぎる信長の野望シリーズのうち1作出してくスタイル草

88: 歴ネタななしさん
>>84
補正つきで謙信統率134 信玄統率127はホンマ草

100: 歴ネタななしさん
>>88
ヒエッ…!

85: 歴ネタななしさん
今川家はパッパも優秀だよな

89: 歴ネタななしさん
>>85
今川の義元さん消えてから駿河は最早腫物や

92: 歴ネタななしさん
>>85
ムスッコも世渡りの達人やぞ
あんまり家康訪ねてくるから終いには家康がウザがったくらいに

99: 歴ネタななしさん
>>92
今は美化漫画がガンガンオンラインに載ってとるで…
つかまぁ治世はええかもしれんが戦国向きではなかった…

104: 歴ネタななしさん
>>99
まぁ家庭人としても愛妻家でとても優秀、本人は芸術的センスに溢れ人間も出来ている
美化もしゃーないが劉禅扱いでも文句の言えない毀誉褒貶の激しい人やな

87: 歴ネタななしさん
ワイ岡山県出身の奈良県民、低みの見物

90: 歴ネタななしさん
長野県も多いな村上に真田に小笠原

93: 歴ネタななしさん
>>90
信濃小笠原、守護職を追われ死亡

98: 歴ネタななしさん
>>90
室町も含めるなら小笠原が面白いし
謙信信玄時代なら村上
戦国後期なら真田って感じやな

101: 歴ネタななしさん
>>98
諏訪とかいう変わり種もおったりするしほんまうらやましい
家康(外様)!道灌(上杉家臣だしたぶん外様)!氏照(もちろん外様)!のうちの都道府県も見習ってほしい

112: 歴ネタななしさん
>>101
長野は盆地で綺麗に勢力圏別れてるから
各地方の個性が出やすいんよな
統一されないっていうデメリットもあるけど

91: 歴ネタななしさん
静岡県
今川氏真(1538-1615)
徳川家康(1543-1616)


戦国最強の男と最弱の男。
どちらも教養があり、優秀な家臣がいるという共通点はあるのだが、今川家は結局・国衆をまとめきれなかった&武田信玄に裏切られた所で滅亡は避けられなかった

死ぬかもしれない経験を何度も繰り返しながら大社長から国の元首になるのか、友人のコネで名誉職としてヒラのまま一生を過ごすのかどちらが幸せなのかは分からない

103: 歴ネタななしさん
長野県
真田信之(1566-1658)

真田家の守護神(真)
信玄リスペクトの全方位喧嘩外交する親父と、とりあえず行く先々で女の子侍らせて子供作りまくる弟の間で真田家の存続に尽力した苦労人
さらに嫁と怖い舅までやってくると時代を経るにつれてストレス源が増えていく模様


信長の野望で中途半端な兄というイメージがあるが史実では弟・幸村より遥かに戦が強かった

116: 歴ネタななしさん
>>103
信之さんのライフはもうゼロになりかけたんやけどな…ほんま偉人や

117: 歴ネタななしさん
アッニはストレスだらけのせいで93年しか生きられなかった説すこ

108: 歴ネタななしさん
愛知県
織田信長(1534-1582)


戦国どころか日本史の主人公。
部下に厳しい、メスイキ、合理主義といった点からホリエモンは信長の生まれ変わりかもしれない

113: 歴ネタななしさん
>>108
ノッブは部下に優しいところあるで

128: 歴ネタななしさん
岐阜県
稲葉一鉄(1515-1589)

岐阜県は土岐⇒斎藤⇒織田⇒織田(弱体化)⇒分裂
といろんな大名が興亡し、天下の名城岐阜城は定期的に落城するなど応仁の乱並みに訳の分からない歴史である

個人的には稲葉一鉄を主人公サイドとしてみるとすっきりすると思う
というのは一鉄の妹(懐妊中)が土岐頼芸から斎藤道三に再婚しており、この子供が斎藤義龍なのだ
だから義龍の謀反って「道三はヤバい奴だから土岐氏に戻ろう」という国衆サイドの思惑もある

131: 歴ネタななしさん
>>128
ワイの地元全然知らん殿様出てきて草

135: 歴ネタななしさん
>>128
姉小路「解せぬ」

133: 歴ネタななしさん
所詮は油売りのクソガイジよ

134: 歴ネタななしさん
富山県
神保氏張(1528-1592)

何故か信長の義弟という謎待遇を受けている武将。
地味。とにかく地味。

137: 歴ネタななしさん
>>134
そこは神保長誠やろ

148: 歴ネタななしさん
石川県
長連龍(1546-1619)


普通は畠山義総なんだろうけど、個人的には彼が好きなのでチョイス
畠山氏の内紛のあおりを受けて一族をほとんど殺されたため、復讐の鬼と化してゲリラ戦を展開した
敵が降伏し信長がやめろと介入しても無視してついに遊佐・湯井一族を滅ぼした能登の狂犬

賢者モードに入ったのか、遊佐の生き残りだった幼児は召し抱えたという

156: 歴ネタななしさん
滋賀県
石田三成(1560-1600)

説明は割愛。
浅井長政・蒲生氏郷・藤堂高虎・井伊直孝・大谷吉継・・・

正直滋賀県は愛知県以上に候補が多すぎて決められない感がある


なお戦国時代を通して元あった領地を守り通した近江の戦国武将は

朽木元綱

だけである(よりにもよってなんでこいつなの・・・)

163: 歴ネタななしさん
>>156
京極「…」

160: 歴ネタななしさん
六角さん名前すらなくて草
どうしてここまで落ちぶれた

166: 歴ネタななしさん
>>160
信長の通り道だったししゃーない

168: 歴ネタななしさん
三重県
九鬼嘉隆(1542-1600)


海賊王に俺はなる!
鳥羽を本拠地とする海賊棟梁の子として生まれたが、抗争に負けて信長の下に流れ着いた
鉄甲船とかいうトンデモ兵器を開発するが、実状は進水できないただの障害物だったらしい

朝鮮征伐では敵対した村上水軍とタッグを組んで戦うという激アツ展開
なお最後は部下の手違いで切腹という可哀そうな末路を迎えた。すごく海賊の生きざまっぽい

171: 歴ネタななしさん
炮烙火矢すき

172: 歴ネタななしさん
剣豪大名さん無事死亡

173: 歴ネタななしさん
>>172
息子がガイジやし残当

175: 歴ネタななしさん
奈良県
島左近(1540-1600)
柳生石舟斎(1527-1606)

興福寺・松永氏・筒井氏と癖が強すぎる奴らが跋扈していた魔境の中で密かに生き残り続けてきた国衆。
両名とも筒井順慶・松永久秀とすごく関係が深いが、最終的には島は豊臣方につき滅び、柳生は家康方について繁栄した。
とはいえ両者共にギリギリの中での選択だったと思う。

177: 歴ネタななしさん
>>175
島の娘が柳生兵庫助の妻なのがまたいいよね

179: 歴ネタななしさん
京都府
細川幽斎(1534-1610)

長男の教育以外は何でもできる男。
足利将軍の隠し子と噂されるほど将軍の側近として頑張ったが、義昭の暴走っぷりに愛想をつかして出ていった
義昭に限らず盟友の明智光秀も見捨てるなど政治的には情容赦ない性格。むしろ幽閉先の妻に逢いに行く忠興の方が温情なまである

183: 歴ネタななしさん
田辺城に籠ったときに古今伝授が失われるから生かしてくれって貴族とかに懇願された話好き

186: 歴ネタななしさん
大阪府
畠山義就(1437-1491)

戦国時代を作った男。
三管領の名門・畠山家の下に生まれたが家督相続で細川勝元が介入してきたため、何とかしてもらおうと山名宗全に泣きつき抗争勃発。将軍の跡継ぎ問題まで浮上して応仁の乱に発展とこじれにこじれまくるのだが、京が戦で廃墟化すると細川も山名も流石にヤバいと思ったのか停戦に動く

しかし義就本人には結局、何の保証もしてくれなかったため、拗ねて自力で河内一国を統一する
後の「ひとりでできるもん」である


190: 歴ネタななしさん
和歌山県
徳川頼宣(1602-1671)


雑賀衆・・・?
徳川家康の十男として生まれ、家康が最も天塩にかけた子供だという。その甲斐もあってか時代にそぐわぬやたら戦国武将チックな男に成長。城を改造しまくって「てめえ謀反考えてるだろ!」と幕府に怒られる

和歌山みかんと南高梅を研究し農家に広めたのでこの人のおかげで和歌山の農作物文化がある

191: 歴ネタななしさん
>>190
はえ~

194: 歴ネタななしさん
福井県
朝倉宗滴(1477-1555)

糞ツヨおじさん。
戦が強すぎて朝倉家では当主の出番が必要なかった。これが後のニート大名義景誕生の遠因となる。九頭竜川では一向宗30万を倒したらしい、ほんとかよ

200: 歴ネタななしさん
兵庫県
黒田官兵衛(1546-1604)

腹黒田官兵衛。
最初は弱小大名・小寺氏の家老として仕えるがいろいろあって主家が滅亡、羽柴秀吉に仕えることになる。
摂津の大名・荒木村重が謀反を起こした際「俺はあいつと友達だから話せば分かる!」とイキって単独で調略しに行ったが悲劇、逆に拉致されて1年間監禁されるという憂き目にあう

なんとか家臣の助けによって脱出したが、いろいろやべー奴になって帰ってきた

202: 歴ネタななしさん
>>200
そらそうよ

204: 歴ネタななしさん
岡山県
浦上宗景(?-?)
宇喜多直家(1529-1582)

宇喜多直家は三大梟雄に名が挙がるほど智略の高い男だが、宗景はそれ以上にヤバい
毛利・尼子・三好・織田に喧嘩を売り、その対応を直家に丸投げさせる(直家が対応しなければいけない状況を作り出す)など、どこぞの風林火山を想起させる全方位喧嘩外交を展開。それでいて外交勝利し信長から朱印状を貰うぐらい出世するなど中堅大名の中では最も優秀な男である

このままじゃ浦上氏と一緒に泥船に沈む・・・ブラック職場に耐えかねたのか直家は宗景の兄の孫を浦上家真の後継者として擁立し岡山中の国衆を味方につけることに成功
無事下剋上を果たした。で、その子はどうなったか?どうなったんでしょう・・・(白目)

206: 歴ネタななしさん
鳥取県
山名豊国(1548-1626)

山陰版今川氏真。
秀吉の兵糧攻めを一度は跳ね返すなど戦も結構得意だが、すごいのは彼の鞍替え戦略。味方が危うくなるのを察知すると、目を付けられない形でさっさと敵方に寝返るのだ

彼によって見捨てられた武将は、山名一族、山中鹿之助、吉川経家、豊臣秀吉・・・最終的に家康の側近に転がり込むのだからすごい

209: 歴ネタななしさん
島根県
尼子晴久(1514-1561)

八か国を守護し尼子家最大の版図を築いた男(全盛期を築いたとは言ってない)
主家に従わない新宮党を粛清したのはいいが、自分も肝心な所で病死するという最大のミスを犯す

211: 歴ネタななしさん
広島県
毛利元就(1497-1571)


毛利家の方針は、「家臣も殿様も同じ一票」「夫も妻も同じ地位」「家族仲良く(大嘘)」だという

214: 歴ネタななしさん
山口県
大内義興(1477-1529)


初代天下人。明応の政変以降荒れに荒れていた幕府の将軍問題を解決した男。その褒美として明との独自貿易を許可されるのだが、これを機に食わなかった細川家が大内家の貿易船にちょっかいを出し戦争勃発。結果、明の都市が一つ消滅した

216: 歴ネタななしさん
徳島県
三好長慶(1522-1564)

3代目天下人。
10歳で三好家当主となり、15歳で宗教の対立煽りで日本を滅ぼそうとする戦国時代のケンモメン・木沢長政を打ち倒す
また長年争ってきた細川家とも和解し、室町幕府に束の間の平穏を取り戻したのだが、弟を不慮の事故で立て続けに失ったことで統合失調症を発症、最後は家臣の松永久秀に「生き残った弟を殺せ」というガバガバ命令を命じて自分も死んでしまう。

マジメに職務を遂行した久秀は戦国一の悪人と呼ばれることに・・・

219: 歴ネタななしさん
香川県
十河一存(1532-1561)

前述した三好長慶の弟。戦は強かったらしいがわずか29歳で病死。基本的に戦場は近畿圏だったので香川県での逸話は無い

別に生徒会長はやってない

221: 歴ネタななしさん
存保「仙石○す」

222: 歴ネタななしさん
>>221
仙石「成仏してクレメンス…」

223: 歴ネタななしさん
>>221
長宗我部元親「それはこっちのセリフじゃ」

224: 歴ネタななしさん
高知県
長宗我部元親(1539-1599)

土佐の一国衆でしかなかったが、一領具足を動員して四国を統一した。しかし最大の敵は一条兼定と本当に元親が強大名なのかは疑問

226: 歴ネタななしさん
>>224
一条と三好は張子の虎だったけど伊予攻略戦だと苦戦してたぞ

225: 歴ネタななしさん
十河ってすごいんか

229: 歴ネタななしさん
>>225
香川で一番の大名に見える程度にはすごいやろ

232: 歴ネタななしさん
>>225
一存は猛将の証ともいえる鬼が付けられるくらいには強い

233: 歴ネタななしさん
愛媛県
土居清良(1546-1629)

四国の西端を治めた西園寺氏の家臣。鉄砲の性能に目をつけいち早く鉄砲隊を組織した先見の明がある。その配備率はなんと全国トップの100%。2000石の弱小国衆だが長宗我部軍を打ち破り敵の総大将を討ち取っている

農業にも詳しく、農業書「清良記」を書いている
毛利家とも深いかかわりがあったそうで九州攻めでも小早川隆景に従軍しているがその後は各所からきた仕官の誘いを断り帰農。

234: 歴ネタななしさん
>>233
土居ノブヤボ最新作で超強化されすぎて草

238: 歴ネタななしさん
>>233
清良記のおかげで教科書に出てくるなこの人

235: 歴ネタななしさん
文章で読むとすごい名将やな土居清良
なぜこんな名将いて西園寺はなんか微妙なんやろか

240: 歴ネタななしさん
>>235
自己解決した
伊予も戸田勝成にニフラム撃たれて記録残ってないんやった

242: 歴ネタななしさん
>>235
一人の名将が居てもトップが良くて下にそこそこの数の良将が居ないと大きくなれんものよ
西園寺とか阿蘇は頭がアレだから...

243: 歴ネタななしさん
>>235
清良が率いた兵は300
自分の領地しか守れないです・・・

248: 歴ネタななしさん
>>235
土居清良の大森城衛星写真で見てもとわかるけど
西園寺の西伊予は基本山間部の猫の額みたいな土地の集まりやからな

237: 歴ネタななしさん
土居清良の南伊予は土佐から攻めた場合
たくさんの峠をぐるぐる回る羽目になるからゲリラ戦にぴったりや
ゲームだと割とすんなり進行できるけどね

241: 歴ネタななしさん
福岡県
秋月種実(1548-1596)
筑紫広門(1556-1623)

大内・大友・毛利の間で揺れ動いた国衆。両家は歴代の滅亡しても何故か生き残りが再興するゾンビ大名。

筑紫広門は宿敵・高橋紹運と婚姻関係を結んで娘を無理やり高橋家にねじ込み生き残った秋月家は大友家の衰退に乗じて、島津家と手を組み30万石まで領土を拡大した

お互いに改易されそうになると片方が庇って助けるという腐れ縁で戦国時代を生き抜いた

283: 歴ネタななしさん
>>241
秋月の城下町はとても美しい事でも有名やで

249: 歴ネタななしさん
佐賀県
龍造寺隆信(1529-1584)
鍋島直茂(1538-1618)


二人三脚で九州ナンバー3まで上り詰めた男たち。
隆信は迅速果断な性格で「カエサルより決断力がある」と評価されているが残忍さが祟り隣国の従属国衆・有馬氏の反乱を許す。その過程で有馬晴信が召喚した島津軍の奇襲にあい死亡する

軍師の直茂はなんとか秀吉と島津軍の中で生き残りを模索するが、隆信亡き龍造寺家をまとめる者がいなかったため龍造寺一族と家臣たちから次期当主に祭り上げられる

最も平和な形の御家乗っ取りだが、直茂は晩年悪夢にうなされながらこの世を去ることに・・・

253: 歴ネタななしさん
ムスッコ「関ヶ原では西軍について頑張らなきゃ(使命感)」
直茂「あーもう全然分かってへん!そっちちゃうわアホ!」
脱糞「これは改易やろなぁ」
直茂「はい東海地方から買い占めたお米。これがどんだけ助かるか分かるよね?」
脱糞「う~んしゃーない所領安堵や!」

ずっと九州おったくせにこいつエスパーか

254: 歴ネタななしさん
龍造寺隆信はクマで有名やけど
鍋島直茂も結構クマ感っていうかデブマッチョ感ある
並んでたらちょっと嫌なコンビやな
no title

255: 歴ネタななしさん
ラストスパートやで~

長崎県
有馬晴信(1567-1612)

有馬家は肥前を治めた有力大名だったが、父・義貞が無能で領地のほとんどを失う。18歳の新米城主・晴信はマイナススタートからこの問題に立ち向かっていくが龍造寺隆信を裏切って島津に味方する⇒速攻で島津を裏切って豊臣秀吉に味方する

という弱小国衆恒例の尻軽外交で無事九州征伐を切り抜けたが、その後幕府の役人と共にフィリピンに仕事で出張した際、汚職を持ち掛けられそれに乗ってしまう

9割役人が悪いのだが、その汚職の金額が大きすぎた(6000両)ために晴信も切腹という末路を迎える。

これだけ見ると可哀そうだが過去にはいくら領地が貧しいからとはいえ戦争孤児の少年少女を性奴隷として売り飛ばしていた過去もあるのでなかなか擁護しづらい男である

260: 歴ネタななしさん
大分県
大友宗麟(1530-1587)

肖像画が高橋克己に似ている
クーデターで親父や一族を殺し、強引に当主の座についた苛烈さと積極的な海外貿易で蓄えた富を活かして象を購入し、象に乗って町民を驚かせるなどお茶目な一面を持つ。

キリスト教とはビジネス入信だけだったのだが後にガチで信奉してしまい「宮崎に宗教王国を作る!」と言い出したのが悲劇の始まり耳川の戦いでは致命的な敗北を喫し、大友家のほぼ全てを失った。

それでも最後は島に籠城するが、避難民たちに自ら握った御握りを配って勇気づけるなど殿様としての力は本物である

264: 歴ネタななしさん
熊本県
隈部親永(?-1588)


肥後の国衆で10万石級の力を持っていたらしい。
豊臣秀吉の太閤検地に反対して肥後の国衆たちと共に大一揆を起こす
しかし、九州と中国からやってきた10万の豊臣軍には適わず敗北、肥後の国衆の大半(90%以上)と共にニフラムをかけられる。
とはいえ鎮圧軍の立花宗茂から「一揆ではなく大名同士の争い」の戦後処理を受けるなど温情はあった。

400年後、何故か熊本に馬鹿でかい彼の銅像が建てられ、福島の大名・二階堂盛義と盟友になる

265: 歴ネタななしさん
>>264
聞いたことない

267: 歴ネタななしさん
>>264
マ?
no title

268: 歴ネタななしさん

no title

271: 歴ネタななしさん

誰得だよ
no title

276: 歴ネタななしさん
>>271
隈部親永の人選も謎だが
この銅像10mくらいあって無駄にデカくて力入ってるんだよな

274: 歴ネタななしさん
伊東祐兵
1559-1600

9歳で初陣とかいう天才児
しかし、親父がガイジ化して伊東一族は島津軍に敗北、諸国を放浪する羽目になる

その後放浪が趣味になった親父を差し置いてなんとかして家臣・河崎祐長と共に羽柴秀吉と交渉
秀吉直属の家臣と大名復帰の約束を取り付ける

悲願の日向大名復帰後は鬱憤を晴らすが如く、島津家の内乱にちょっかいを出し、島津領内を戦わずしてボロボロにした


285: 歴ネタななしさん
>>274
なお戊辰戦争ではかつての仇である薩摩藩(島津氏)に従って新政府側についた模様

290: 歴ネタななしさん
鹿児島県
島津義弘(1535-1619)
島津忠恒(1576-1638)


息子の教育間違えましたシリーズ第二弾。
義弘は鹿児島県で、西郷どんと肩を並べるぐらい人気の武将。
忠恒はその息子なのだが、蹴鞠と和歌と女が大好きとかいう困ったちゃん
おまけに朝鮮征伐では「ひらめいた」とか言って単身突撃し始めるガイジ

そんな忠恒だが、反乱分子の粛清・鹿児島港と城下町の整備・親父義弘の関ヶ原でのやらかしを解決・宇喜多秀家を助命
明の滅亡を予見して琉球を従属国にするなど政治的センスが抜群にあったのが凄い皮肉な所

正室とはお互いに刺客を送り合う仲だった

292: 歴ネタななしさん
たしかによく琉球を従属国にしたわね
有能すぎる

299: 歴ネタななしさん
>>292
???「私にとっては沖縄の歴史を紐解くということは島津氏の血を受けている者として心の痛むことでした。」

293: 歴ネタななしさん
忠恒やっけ?長宗我部信親のムスッコ討ったの

294: 歴ネタななしさん
>>293
実質仙石が討ち取ったようなものだけどな

296: 歴ネタななしさん
>>294
あっ…そっかぁ

301: 歴ネタななしさん
>>296
ナポレオンも「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」と言ってるからな

295: 歴ネタななしさん
忠恒(悪家久)って琉球に来た明使節を江戸まで無理やり送って
これは将軍様の威光ですわとかお世辞で家光を籠絡したり正直政治はめっちゃうまいんよ

300: 歴ネタななしさん
>>295
そういう所がとことん義久と合わなかったんやろな

298: 歴ネタななしさん
沖縄県
尚寧王(1564-1620)

戦国時代の琉球の王様
島津軍にあっけなく敗北するが、戦熟練度マックスの島津軍相手はムリゲーすぎるので仕方がない。むしろ王朝を存続しただけ有能と言える
従属国となった受難もあったが、琉球独自の文化も育てた一面もある

302: 歴ネタななしさん
忠恒は亀寿と伊集院以外にはそこまでないから…

303: 歴ネタななしさん
亀寿(叔父義久の娘)とは仲が悪くて子供は全員側室の子とかいう忠恒
しかも粛清した伊集院忠棟の息子の忠真と和解して数年後に獲物と間違えたふりして射殺する有り様

306: 歴ネタななしさん
>>303
うーんこの

324: 歴ネタななしさん
>>306
ついでに忠真が殺されたときに家督継承時に別のやつを推してた家老の息子と馬を交換しておくことでそいつを殺させるトリックプレーも見せてる

329: 歴ネタななしさん
>>324
ド外道やんけ!

344: 歴ネタななしさん
梟雄実は梟雄じゃない説

津軽為信⇒南部晴政とは仲が良かったが、晴政と仲が悪かった信直が当主についたため仕方なく謀反した
真田昌幸⇒主家武田家を失ったので手探りで同盟者を探さなければいけなかった
宇喜多直家⇒宗景の外交に振り回された感が強い。謀殺相手は宗景にとっても敵対関係だったし、直家も一回目の謀反は毛利と織田の両者に喧嘩を売った宗景にビビって単独講和したのがきっかけ
松永久秀⇒暗殺行動は長慶の命令によるもので、それ以降も久秀は一貫して長慶一族の味方

346: 歴ネタななしさん
>>344
でも宇喜多直家なんかはもう暗殺マシーンのイメージ強すぎるからな
今更綺麗な直家になっても誰も納得しないという

350: 歴ネタななしさん
>>346
官兵衛みたいに終盤から黒くなればいいんじゃない?

353: 歴ネタななしさん
忠臣実は梟雄説

甲斐宗運⇒「主家・阿蘇家のため」を大義名分に一族粛清連打
佐竹義重・義宣⇒大掾一族殲滅&秋田転封後も家臣粛清発動
片倉小十郎⇒「政宗様より先に子供が生まれるとは何たる不覚。男子ならこの場で殺しまする」
山内一豊⇒大相撲土佐場所(大嘘)
小早川隆景⇒合法的に村上水軍を従属化。商人からの信頼ゼロ。
本多正信⇒大久保長安事件

359: 歴ネタななしさん
小田氏治「カリスマなら義重にも負けてないぞ」

360: 歴ネタななしさん
>>359
カリスマってなんだっけ

364: 歴ネタななしさん
ニフラムかけた武将一覧

佐竹義重(常陸統一)
伊達政宗(葛西・大崎一揆の証拠隠滅)
黒田官兵衛(宇都宮一揆鎮圧失敗の後始末)
細川忠興(一色家殲滅。その後一色家に嫁いでいた妹に殺されかける)
真田信之(大坂の陣で幸村に味方した家臣を処刑)
森長可(一揆された腹いせ)
森忠政(一揆された腹いせ)
島津忠恒(一揆された腹いせ)
山内一豊(一揆された腹いせ)
織田信長(裏切られ過ぎて頭おかしくなった)
豊臣秀吉(全国的に大粛清の嵐)
小西行長(第一弾天草一揆の処理)

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