1: 歴ネタななしさん
nigaoe_oda_nobunaga
だそうな

2: 歴ネタななしさん
まぐれでも勝ったのは凄い

3: 歴ネタななしさん
あとは情報で制した部分がある

5: 歴ネタななしさん
まぐれで8倍の数に勝てると?

6: 歴ネタななしさん
運は相当いい

7: 歴ネタななしさん
大将倒せば勝ちのシステムのおかげ

8: 歴ネタななしさん
総軍が2万5千であって本隊がそうとは言っていない定期

9: 歴ネタななしさん
信長本人もまぐれと認めてたらしいっすよ

10: 歴ネタななしさん
謙遜してる人はみんなまぐれっていいますよ

1: 歴ネタななしさん
信長の正面攻撃だった。
今川は信長の動きをつかんでいたが
軍を散開させていたために対応が遅れた。
信長もまさか今川の正面だとは思っていなかった。
突っ込んでいったらたまたま今川の本陣だった。
ってほんと?

6: 歴ネタななしさん
尾張、田楽狭間と言ったり桶狭間と言ったりするのが
描写により違う。そこはどれぐらいの兵が駐屯出来たのか
今川軍4万の先っぽか?義元の周りには護衛はどのくらい
いたのかね。

7: 歴ネタななしさん
義元 戦況はどうじゃ。
部下 順調です。織田の砦は次々と攻め落としています。
義元 織田本隊はどうなっている。
部下 砦にはかまわずまっすぐこっちへ向かっています。
義元 防げ。
部下 突破されちゃいました。
義元 援軍をまわせ。
部下 間に合いません。
義元 ぶぎゃああああ!

8: 歴ネタななしさん
やり直し。

義元 戦況はどうじゃ。
部下 順調です。織田の砦は次々と攻め落としています。
義元 よしよし。
部下 ぐはは。敵ではありませんな。
義元 織田本隊はどうなっている。
部下 あれっ? 砦にはかまわずまっすぐこっちへ向かっています。
義元 げっ。防げ。
部下 あは。突破されちゃいました。
義元 げげげっ。援軍をまわせ。
部下 あはは。間に合いません。
義元 ぶぎゃああああ!

9: 歴ネタななしさん
やり直すほどのことじゃぁない

10: 歴ネタななしさん
桶狭間は集中豪雨の後で鉄砲は使えなかったと思うな。
織田信長は勿論、今川義元も鉄砲の名手でな。

で、咄嗟の勝負で命運を分けたのは長槍の長さではないのかな。
集団で突っ込む場合には長い槍の方が有利。
織田信長軍は今川義元軍より2尺も槍が長かったというね。

織田軍団が一丸となって敵の横っ腹本陣に
長槍で遮二無二に突っ込んだから、
アットイウマニ、今川軍を崩せたのさ。

電撃戦ではあるが、織田長槍隊の勝利なのであります!

11: 歴ネタななしさん
私は織田信長軍が予想もしないところで
現れたのは否定しないが、
でも今川義元軍もある程度の防御の体制は取れていたと思います。

アットイウマニ防御陣が崩れたのは
遮二無二に命を惜しまず前に突っ込んだのと
織田信長軍団の長槍部隊が寸時に
今川義元長槍部隊を崩したのが大きいと思います。

織田信長軍団の長槍部隊は今川義元長槍部隊より
2尺も長かったことが桶狭間の戦いの
織田軍の勝因だと思います。

兵士一丸となって密集したまま突っ込めばこれは大きい!

12: 歴ネタななしさん
前のめりになって今川義元君、
駿府から桶狭間にと向かったんだけどね。

まさか雨宿りをするために
三河に行ったんじゃぁないよね。


桶狭間の戦い改め雨宿りの戦い。

14: 歴ネタななしさん
信長 全軍突撃じゃああ!!
部下 無茶でございます。
信長 なにをっ! 今川の一角を崩せばよい。
部下 しゃあないな。
信長 後退し始めたぞ。行け行けっ!
部下 あれっ?。今川の本陣じゃん。
信長 ぶはぁああああっ!!!

15: 歴ネタななしさん
家康 織田の砦は崩したぞ。
義元 よくやった。休んでよい。
家康 ほな休憩します。
部下 あれっ? 義元が討ち死にしました。
家康 なんじゃそれ。信長すごい。

16: 歴ネタななしさん
このようにして家康が信長に乗り換えたのが日本史を大きく変えた。

19: 歴ネタななしさん
信長が山際まで近づいて、いよいよこれから合戦というときに
巨木もへし折られるほどの強風が、信長軍の後ろから今川軍に向かって吹いたから
勝てたんだろ。
信長公記に明記されているわ!。少数でも勝てるわな。

20: 歴ネタななしさん
巨木がへし折れる強風でも
織田信長軍は前進を止めなかったからな。
蟻んこさんの様に泥濘の1本道を進んで行った。

今川義元軍は豪雨で
お休みタイムに入ったんだな。
通称、雨宿りの戦い。

その前まで命のやり取りをしていたはずの
今川義元軍が、大雨で縮こまるんだから可笑しい。
^ひよこかよ

21: 歴ネタななしさん
大雨であっても、顔面に降り掛かるほどの風のある雨。味方は背中に降り掛かる雨だ。
雷雨とは違うぜ。まさに強風つきの雨だ。
信長公記に、はっきりと書かれている。
横殴りの雨・風があったんだから、これが勝利の原因だ。

30: 歴ネタななしさん
>>21
信長公記には、はっきりと書かれている。

1、織田軍が山際に到達したときに、雨が降り出した。
2、ものすごい豪雨だったので、その位置でしばし停止。
3、雨がやんだ後、信長は「かかれえ!」の号令を上げた。

雨が降っている最中は戦闘してない。したがって
>横殴りの雨・風があったんだから、これが勝利の原因だ。
これは嘘だ。

31: 歴ネタななしさん
>>30 深夜の01:43にカキコミかよ・・・まともな思考ができるのかねえ。

>> 1、織田軍が山際に到達したときに、雨が降り出した。  → 事実
>> 2、ものすごい豪雨だったので、その位置でしばし停止。 → 停止したとは書かれてない。
>> 3、雨がやんだ後、信長は「かかれえ!」の号令を上げた。 → 雨がやんだとは書かれてない。
      → 原文「空晴るるを御覧じ」とあるので、晴れ間がでたのは事実だが、
        東への雨風はまだ残っていたと思われる。

23: 歴ネタななしさん
前のめりにつんのめりながら駿府から
駆けりにかけて尾張まで突っ込んで行ったのよ。

でもね、多くの軍勢を揃えたのなら、トップが最前線に出てはいけないのよ。
戦場では何が起きるかわからないからね。
後方で味方の戦況を眺めてるだけでいいのよ。

ところが今川義元氏、興奮しきっているから最前線に出て来るのよ。
自分の手で、織田信長軍を完膚なきまで徹底的に
やっつけてやるってね。この場合、若気の至りって普通は言うけど
43歳今川義元、年はとっても気は若いという所かな。

24: 歴ネタななしさん
戦っていうものは勝つときもあれば
負けるときもあるっていうのが普通だよね。
でも今川義元には退却の2文字は無かったみたいね。

幾ら大軍でも雨宿りしていちゃァ敵への対応は遅れるわな。
遅れてもいいんだよ。部下が死んでもね。
でも大将が首を採られてはお終いでしょう。

負けることも想定していれば、さっさと退却することもできたでしょう。
でも雨宿りはするわ、逃げないのでは
そりゃぁ部隊は全滅するわな。

ネタ元: ・桶狭間の戦い

ネタ元: ・信長軍3000人が今川軍2万5000人に勝ったのはまぐれ