1: 歴ネタななしさん
・1432年(永享四年)、金閣寺の僧侶が寺の門前で立ち小便をしていたところ、通りがかった北野社の僧侶一行の稚児に笑われ、それに対して激怒し、刃傷沙汰の大喧嘩から金閣寺と北野社の乱闘(死傷者多数)に発展する
・1424年(応永三十一年)、奈良の祇園会の祭りの人混みの中で、「田舎人」が「比興の事」(不始末)をしでかし、それを見ていた遊女に笑われたところ、逆上し、遊女とその女主人を斬殺し、切腹する。その後、「田舎人」の支援者と称する連中が復讐のため奈良の町に押し寄せ、乱闘になる(死傷者多数)
・1419年(応永二十六年)、青侍の下女が、本結屋に行き、注文品がまだできていないことに対して悪口を吐いたところ、激昂した本結屋が下女に暴力を振るったため、下女が主人の青侍に訴え、青侍と本結屋の集団が乱闘を行い、刺し違えて死ぬ。最終的には、青侍が仕える三条家と本結屋が仕える関口家との京都洛中の「合戦」に発展する(死傷者多数)
2: 歴ネタななしさん
青侍と本結屋ってのがわからん
4: 歴ネタななしさん
>>2
青侍(公家に仕える六位の侍)
本結屋(髪を結うヒモを販売する商人)
青侍(公家に仕える六位の侍)
本結屋(髪を結うヒモを販売する商人)
3: 歴ネタななしさん
こりゃ自分の身を守るために武装して戦国時代幕開けするわ
6: 歴ネタななしさん
元結かぁ
7: 歴ネタななしさん
僧兵とか強訴とか聞いた事ない?
坊主はかなり好戦的だぞ
坊主はかなり好戦的だぞ
8: 歴ネタななしさん
>>7
確かにな
今の僧侶のイメージとはかなりかけ離れているよな
当たり前だけど
当時の坊さんというか、様々な階級の人の多くが武装していたわけだし
確かにな
今の僧侶のイメージとはかなりかけ離れているよな
当たり前だけど
当時の坊さんというか、様々な階級の人の多くが武装していたわけだし
13: 歴ネタななしさん
>>8
創価「おっ、そうだな」
日蓮宗「まったく嘆かわしい」
創価「おっ、そうだな」
日蓮宗「まったく嘆かわしい」
9: 歴ネタななしさん
信長も燃やしたくなるなWWWW
10: 歴ネタななしさん
いずれもバックが出てくる所を見るとメンツが大事だったんだな
14: 歴ネタななしさん
>>10
その通り
室町時代はメンツと名誉が重要視される時代だった
強い侮辱を受けたら、例え主人であっても、暴力を振られたり、殺害されることがままあった
その通り
室町時代はメンツと名誉が重要視される時代だった
強い侮辱を受けたら、例え主人であっても、暴力を振られたり、殺害されることがままあった
19: 歴ネタななしさん
>>14
古代中国でも子供の喧嘩が戦争に発展したりしてるし人類全体の昔のあるあるなんだろうな
古代中国でも子供の喧嘩が戦争に発展したりしてるし人類全体の昔のあるあるなんだろうな
20: 歴ネタななしさん
>>19
つ応天門の変
つ応天門の変
26: 歴ネタななしさん
>>20
なにそれ
なにそれ
29: 歴ネタななしさん
>>26
子供の喧嘩から放火の陰謀が発覚した本朝の事件
子供の喧嘩から放火の陰謀が発覚した本朝の事件
11: 歴ネタななしさん
こんな話が600年後も語られるとは思わんかったろうなこの人ら
16: 歴ネタななしさん
天文ホッケの乱が一番京都に被害があったんってな
17: 歴ネタななしさん
多門院日記ならこういう事件も載せてそう
18: 歴ネタななしさん
下女のためにそこまでするのか
25: 歴ネタななしさん
>>18
末端と言えども、家の構成員である下女が侮辱を受ける=自らや家が侮辱され、名誉を踏みにじられているという解釈があったからな
だから、当時は奴隷が逃げ出して、他の家の奴隷や下人になった場合、元の主人であっても容易に手が出せなかった
奴隷ということは、その家の所有物だから
末端と言えども、家の構成員である下女が侮辱を受ける=自らや家が侮辱され、名誉を踏みにじられているという解釈があったからな
だから、当時は奴隷が逃げ出して、他の家の奴隷や下人になった場合、元の主人であっても容易に手が出せなかった
奴隷ということは、その家の所有物だから
21: 歴ネタななしさん
怒りは広がるからなぁ…怖い怖い、平穏平和が一番だよ
23: 歴ネタななしさん
893の勢力争いみたいなもんだろうな
24: 歴ネタななしさん
官制ヤクザが武士だからな
28: 歴ネタななしさん
大昔からヤクザみたいな連中はいたんやな
もう人間は進化しないんだなって
もう人間は進化しないんだなって
33: 歴ネタななしさん
生類憐れみの令以前までこの民度が普通だったんだろ?
35: 歴ネタななしさん
>>33
生類憐れみの例は偉大
江戸時代に入ってから100年近く経っても残り続けていた中世以前の命を軽視する殺伐とした価値観にとどめを刺してくれた
生類憐れみの例は偉大
江戸時代に入ってから100年近く経っても残り続けていた中世以前の命を軽視する殺伐とした価値観にとどめを刺してくれた
34: 歴ネタななしさん
江戸時代がなかったら今もこういうノリだったかもな
コメント
基本的にその国にないものを「教え」として学ぶ
日本に道徳、礼儀、マナーに関するものが多いのは基本的に舐められたら殺すっていう民族だから。じゃなかったら島国の中で内戦し続けないし
他国の教えとか見ると民族の本質が見えて面白いよ。日本以上に右ならえ上に従えの社会のアメリカの「自由の国」とか
生類憐れみの令で殺るか殺られるかの時代は終わりを告げたが、武士は相変わらず誇りと名誉に命をかけ続け殿中での刃傷沙汰もしばしば発生していたし、町人だって火事と喧嘩は江戸の華という言葉があるように喧嘩っ早いのは相変わらず。
亡くなったうちのじいちゃんも若い頃は憲兵をからかう遊びに興じていたらしいから、こんな戦闘民族を矯正できた戦後教育は凄いと思う。
そんな村が深圳から車で30分くらいのところにあった
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