1: 歴ネタななしさん
楠木氏は、元々源頼朝の家来から転じて、北条氏の家来(得宗被官)となった東国武士で、1290年頃に河内国に現地の領主(地頭代)として移住してきた説が近年の学界では有力らしい
3: 歴ネタななしさん
城に籠もって熱したウンコ投げつけてくる鬼畜
5: 歴ネタななしさん
つまり、楠木正成は元々鎌倉幕府の家来だったということになるのかな
6: 歴ネタななしさん
わりとすき
7: 歴ネタななしさん
無能の朝廷には過ぎたるもの
8: 歴ネタななしさん
弟と相打ち自殺したってのは本当なの?
9: 歴ネタななしさん
>>8
太平記による記述だよぬ
太平記は、14世紀後半に成立した軍記物語で、同時代人によるものとして極めて貴重なものだけど、物語で潤色や誇張も多いのが分かってるから、はっきりと本当かどうかはわからない
太平記による記述だよぬ
太平記は、14世紀後半に成立した軍記物語で、同時代人によるものとして極めて貴重なものだけど、物語で潤色や誇張も多いのが分かってるから、はっきりと本当かどうかはわからない
10: 歴ネタななしさん
無能の朝廷(建武政権)というのも太平記などに立脚するもので、同時代人の公家とかからも批判されていたけど、近年の学界では、建武政権に対する肯定的な評価も増えてきてる
11: 歴ネタななしさん
武士に対する恩賞が少なくて、それに関して足利尊氏らが不満を抱えたというのも、近年は否定されつつあって、むしろ武士に恩賞を多く与え、公家達から批判されていたこともわかっている
13: 歴ネタななしさん
特に、足利尊氏は、建武政権下で、極めて厚遇され、多くの所領を与えられ、公卿にまで登っている
だから、尊氏は後醍醐天皇に対して謀反を起こしたり、ましてや幕府を作ろうとなんて考えもしてなかったと今は言われている
だから、尊氏は後醍醐天皇に対して謀反を起こしたり、ましてや幕府を作ろうとなんて考えもしてなかったと今は言われている
14: 歴ネタななしさん
尊氏が謀反を起こし、室町幕府をつくるに至ったのは、成り行きらしい
尊氏は周りの意見に流されやすいところがあって、あれよこれよといううちに、そういうことになってしまった
尊氏は周りの意見に流されやすいところがあって、あれよこれよといううちに、そういうことになってしまった
16: 歴ネタななしさん
>>14
確かに違和感ある行動多いからな
こっちは分からなくもないが新田義貞との対立も不可解な点もあってあれ?いつの間に?って感じだったのを覚えてる
確かに違和感ある行動多いからな
こっちは分からなくもないが新田義貞との対立も不可解な点もあってあれ?いつの間に?って感じだったのを覚えてる
17: 歴ネタななしさん
地元のヤクザじゃなかったのかよ
21: 歴ネタななしさん
>>17
土着ではないな
ヤクザは否定しないが
土着ではないな
ヤクザは否定しないが
4: 歴ネタななしさん
足利尊氏に追放された南朝の天皇支えて戦死した
5: 歴ネタななしさん
ゴロツキヤクザのリーダー
三国志の劉備玄徳と同じだよ
だから人気あるんじゃないかな
三国志の劉備玄徳と同じだよ
だから人気あるんじゃないかな
6: 歴ネタななしさん
悪党なのか…
7: 歴ネタななしさん
悪党って反体制派みたいな意味だから
8: 歴ネタななしさん
すごく義理堅くてケンカも強かったけど、足利尊氏に負けて自害した人
10: 歴ネタななしさん
もともと勝ち目のない戦いに行くとき都合よく使われる人
ネタ元: ・楠木正成って何した人なん?
コメント
優秀ではあっても「一部隊長としては」の枠は超えられない
仮に戦略があったとして、それを理解できる上層部はおらず、実現できるほどの兵権も与えられてないので、色んな意味で彼の限界なのだろう
楠木正成、豊臣秀吉、吉田松陰、安倍晋三の系譜は日本が永遠に尊敬すべき
梅松論だとさっさと新田を切って足利と結べって言ってるし戦略面で見ても優秀だとは思う
戦略眼があるから金剛山地の僻地に幕府の大軍を釘付けにしたんだろう
それが世間にどういう波及効果をもたらすか分かってないとできない行動
湊川の合戦の前にも京都を捨てることを進言してるし視野は広そう
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