
3: 歴ネタななしさん
是非に御及ばず
後年に講談で考えられたセリフだろ
後年に講談で考えられたセリフだろ
4: 歴ネタななしさん
>>3
はぁ?
信長公記だが
はぁ?
信長公記だが
21: 歴ネタななしさん
>>4
誰が聞いてたの?
誰が聞いてたの?
31: 歴ネタななしさん
>>21
本能寺から逃げてきた女中
本能寺から逃げてきた女中
5: 歴ネタななしさん
自分も下克上しまくってたからしゃーない
6: 歴ネタななしさん
つか何度も謀反されてるから
慣れだろ
慣れだろ
10: 歴ネタななしさん
同じ状況で、無傷で生き残った足利尊氏、生き残れなかった織田信長
どうして差がついたのか…慢心、環境の違い
どうして差がついたのか…慢心、環境の違い
12: 歴ネタななしさん
アケチくん
15: 歴ネタななしさん
じゃ、誰が聞き取って記録したん?
16: 歴ネタななしさん
>>15
御祐筆の太田牛一
御祐筆の太田牛一
22: 歴ネタななしさん
>>16
なんでそいつは生きて本能寺を出られたの?
なんでそいつは生きて本能寺を出られたの?
45: 歴ネタななしさん
>>22
生き延びた女性達のから聞き取り調査した
生き延びた女性達のから聞き取り調査した
19: 歴ネタななしさん
信長の心の内は次に天下取るのが光秀ならいいかってこと?
40: 歴ネタななしさん
>>19
謀反の心当たりがあるので光秀なら仕方ないという説が一般的だけど
明智憲三郎なんかは是非もなし=是も非ない=真偽は確認しなくてもいいという説をとってるな
謀反の心当たりがあるので光秀なら仕方ないという説が一般的だけど
明智憲三郎なんかは是非もなし=是も非ない=真偽は確認しなくてもいいという説をとってるな
20: 歴ネタななしさん
その場にいた信長配下、脱出してるんか。
んなわけ無いよな。俺的には、信長は最後まで切れ散らかして光秀ブッコロスって言ってたと思うわw
んなわけ無いよな。俺的には、信長は最後まで切れ散らかして光秀ブッコロスって言ってたと思うわw
23: 歴ネタななしさん
弟の信行に林、柴田の重臣に荒木、松永、公方義昭
もう慣れっこだったでしょ
もう慣れっこだったでしょ
24: 歴ネタななしさん
本能寺の変は記述があるのが案外少なくて川角太閤記くらいが参考資料とかって聞いたな
書いたの明智方の兵だけど
書いたの明智方の兵だけど
25: 歴ネタななしさん
散々ハゲいじりしたからやろ
お前らも気をつけとけよ
お前らも気をつけとけよ
28: 歴ネタななしさん
信長自身も主君の斯波義銀や織田信友に叔父の信光を裏切ってるからな
29: 歴ネタななしさん
信忠軍に囲まれたから「是非になし」と言った
36: 歴ネタななしさん
はげを馬鹿にしたから仕方がないてことか
37: 歴ネタななしさん
信長も無防備だったわけじゃない
京都から三里離れた亀山には明智光秀軍13000が駐屯していて
危急の際には即応できるようにしていた
京都から三里離れた亀山には明智光秀軍13000が駐屯していて
危急の際には即応できるようにしていた
42: 歴ネタななしさん
解放されて逃げられた女性から聞いた話しだから
女性が逃げた後は罵倒してそう
女性が逃げた後は罵倒してそう
48: 歴ネタななしさん
容赦なく頃してた人は
自分も容赦なく頃される事を知っていたのだろう
自分も容赦なく頃される事を知っていたのだろう
49: 歴ネタななしさん
>>48
信長は謀反慣れしていて直ぐ許す方だった
ただサボりには矢鱈厳しくてサボってると
「オマエ昔謀反やったのを許したの忘れた?」
って勧告してくる
浅井長政にも高野山に入りなさいって
勧告してるしな、
信長は謀反慣れしていて直ぐ許す方だった
ただサボりには矢鱈厳しくてサボってると
「オマエ昔謀反やったのを許したの忘れた?」
って勧告してくる
浅井長政にも高野山に入りなさいって
勧告してるしな、
ネタ元: ・織田信長も、「明智光秀か?ならしょうがない」と言っただけで謀反については良いも悪いも言ってない [194767121]
コメント
当時はハゲだらけだろうに(出家したハゲだらけ)
武田信玄←ハゲ
上杉謙信←ハゲホモアル中
自らの意思と抗えない災厄ではそら全然ちゃうわな
太田牛一が実際に現地で聞き取り捜査を行ったとされ
かなり信ぴょう性が高いとされているな
それってあなたのイメージですよね?
明智が裏切るならあきらめるしかない…って意味なのか
二通りの解釈ができるよな
腹心の部下だと信頼してた奴に裏切られたら、もうどうにもならん自分の限界だわて気分になったんじゃない?
信長公記すら知らないのはちょっと...
知らないだけならまだしも必死に否定しようとするのは擁護できん
秀吉←ハゲネズミw
室町時代の公家の日記を読んでると頻出する
ちなみに『是非に呼ばず』の反対は『言語道断』とか『前代未聞』で『フザケルな!』って意味
いずれにせよ信長にとっては予想の範囲内の出来事だったんだと思うよ
あと、信長が謀反に優しいってのは多分に誤解がある
相手方に付かざる得ない状況ってのは多分にあって、信勝に付いた勝家しかり
摂津国人の棟梁に過ぎない荒木村重、三好政権の在京勢力の指導者だった松永久秀も同様
光秀の場合、どうだったのか良く分からない
というより織田に寝返ってきたやつの方が多いような
弱小大名ほどバンバン離反されてる
謙信は降伏してきた者は赦すし謀殺もしないから、信長よりもっと多く裏切られているね
しかも台詞だしな
300年近く後になって纏められた名将言行録とかよりはまあよっぽど信憑性あるだろうからセーフセーフ
信長公記が成立したのは豊臣政権下、又聞きじゃなくて信長存命中から書き溜めてたメモ&直接の取材
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