1: 歴ネタななしさん
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2: 歴ネタななしさん
no title



史記 全11巻セット (小学館文庫)
横山 光輝
小学館
2011-03-01



3: 歴ネタななしさん
後宮の奥深くに入り込み皇帝のプライベート一切を取り仕切ったからだな

6: 歴ネタななしさん
官僚らは皇帝とのやり取りの前に宦官の取次が必要だったから
宮殿は皇帝のプライベート空間である後宮と、官僚らが入れる公的な空間に分かれている

7: 歴ネタななしさん
権力欲は凄いことになると聞いた

8: 歴ネタななしさん
下っ端宦官は後宮内で餓死するほど待遇が酷い

11: 歴ネタななしさん
>下っ端宦官は後宮内で餓死するほど待遇が酷い
司馬遷がそうだったように死刑の替わりに宮刑を受けた者もいたので
古代の水準から見てもとことん人権が無い

32: 歴ネタななしさん
>下っ端宦官は後宮内で餓死するほど待遇が酷い
数万人いる宦官の大半はそんな奴ら
そのうちの数人だけが権力にありつけるんだよなあ

13: 歴ネタななしさん
no title

「カエルです そこそこ立派なカエルです」

14: 歴ネタななしさん
>日本には馬の去勢と宦官は渡ってこなかったが
馬に関しちゃ日本人に気性の荒い馬は良い馬って考える人が多かったかららしい

16: 歴ネタななしさん
唐末は神策軍の長に宦官が就く慣例となった
安史の乱の際、皇帝直属の中央軍が機能せず、皇帝が逃げる際には宦官が就き従ったため、皇帝は官僚を信じられなくなって宦官に権力が集中する流れが
神策軍は地方で独立政権を勝手に樹立する節度使を討伐する軍として最盛期には15万を擁する

23: 歴ネタななしさん
明朝では宦官に捜査・逮捕・裁判・刑執行に至るまでの権限が与えられた
ひどい時には「あいつは朝政を批判したそうですぞ」との"証言"だけを根拠に逮捕される事もあった
そんな訳で李自成の軍によって北京が陥落した際宦官達は壮絶なリンチを食らってほぼ全滅した

24: 歴ネタななしさん
no title

宦官は皇帝の私事を取り仕切った関係上から秘密警察を任される事が多かった
明の宦官は東廠と西廠という秘密警察を握って恐怖政治を布いた

27: 歴ネタななしさん
no title

宦官が権力を握る弊害については
その宦官の養子の息子である曹操が明快に喝破している

38: 歴ネタななしさん
>27
理想だが実質孤独な皇帝が頼れる人物は少ない

39: 歴ネタななしさん
曹操が言う通り宦官が蔓延る原因は君主自身にあるので現に宋朝では宦官の弊害を歴代最も抑えるのに成功している
しかし外戚と官僚の内紛には大いに苦しめられた
暗愚な徽宗の時には童貫や梁世成のように権勢を振るう宦官も出現した

29: 歴ネタななしさん
靖難の変の時、建文帝側の宦官が永楽帝に情報流して味方したから
初代洪武帝は宦官の政治参加は死刑って言ってたのを取り下げて宦官を重用するようになる

30: 歴ネタななしさん
「天子に暇を与えるな。暇を与えれば書を読み儒者どもの話を聞いて自ら政治を執ろうとする
それより酒と遊びと女を教えて政治に無関心にさせよ
その時こそ我ら宦官の時代となる」
(唐朝の宦官仇士良)

31: 歴ネタななしさん
宦官が無けりゃ外戚や門閥や官僚が権力を壟断するだけなので
宦官が悪いとは言えない
みんな悪い

35: 歴ネタななしさん
宦官なんかに権力与えるものじゃないってのは皇帝もわかってるんだ
だけど外戚や官僚に対抗するために使わざるを得なくてそうなっていくってパターンなんよな
その皇帝自身がちゃんと政治してるうちはいいけど死んだりそうでなくなると暴走が始まる

36: 歴ネタななしさん
ニホンは中国から宦官制度だけは輸入しなくて正解だった
あと纏足(てんそく)

37: 歴ネタななしさん
>ニホンは中国から宦官制度だけは輸入しなくて正解だった
>あと纏足(てんそく)
科挙もね

41: 歴ネタななしさん
>科挙もね
科挙を輸入しなかったのは既得権益層の保身からだろう
貴族社会に他人を入れたくなかった
そのせいで武家に実権を握られるようになる

42: 歴ネタななしさん
なんか宦官ばかり悪く言われてるけど
貴族だって外戚だって軍閥だって官僚だってみんな悪いからな?

43: 歴ネタななしさん
鄭和も宦官だもんな
明は親族が信用できないから宦官重宝するしかなかった

46: 歴ネタななしさん
no title

>だけど外戚や官僚に対抗するために使わざるを得なくてそうなっていくってパターンなんよな
明の永楽帝は皇帝の取り巻きの官吏に敵視された結果の蜂起だからな
宦官を重用するようになったのも自然な成り行きだ
しかし親族すら信用できないとはつくづく皇帝とは孤独な存在よ

48: 歴ネタななしさん
no title

南方のイスラム系部族の捕虜だったのよね
その際におちんちんをカットされ兄弟ともに献上されちゃった
そこから自らの才覚だけでのしあがっていったのほんとすごい

54: 歴ネタななしさん
no title

王承恩さんむっちゃ忠臣

55: 歴ネタななしさん
宦官によって発明されたとされるもの
紙(後漢の蔡倫)
水車の祖先の翻車(後漢の畢嵐)
ドライドック(北宋の黄懐敬)

58: 歴ネタななしさん
悪徳宦官の代表存在だったはずの趙高がたぶん宦官じゃなかったっての面白い

61: 歴ネタななしさん
no title

マジか

68: 歴ネタななしさん
no title

宦官も悪者ばかりではなく
孤立しがちな皇帝さんの心の友になってくれたりと
そういった側面もあるって話に少し泣けてしまったよ

74: 歴ネタななしさん
no title

東ローマ帝国も宦官だらけで宮廷内は策謀が渦巻いていたと聞きます

79: 歴ネタななしさん
十常侍「国民はみな豊かに暮らしております。すべてわれらにお任せください」
皇帝「そうかまかせた!」
黄巾党「絶対に許さないよ!」

80: 歴ネタななしさん
日本人の中国史学者・東洋史学者の方々が漏れなく
「宦官だけは我が国に導入されなくて本当によかった」
と言っておられるのがすごい
過去にさかのぼってもよほどこじらせた儒者ぐらいしか宦官導入を唱えた者はいなさそう

86: 歴ネタななしさん
宦官制度で、皇帝が始皇帝みたいに「俺は誰の子供だ?」と悩まずに済む

89: 歴ネタななしさん
宦官を使ってたら不義の子が生まれないなどというナイーヴな考えは捨てろ

88: 歴ネタななしさん
宦官は皇帝に仕え官僚は国に仕える
官僚にとって皇帝は変えが効く存在

141: 歴ネタななしさん
no title

唐の玄宗に仕えた高力士には忠臣・賢臣と姦臣の二つの顔がある
賢才の登用を勧め安禄山や楊貴妃の寵用を諫め楊貴妃を絞め殺す汚れ役を買って出たのも高力士だ
姦臣の悪名は宦官という先入観に引き摺られてる気がする

143: 歴ネタななしさん
玄宗の子供たちも高力士を慕っていたという話を見ると宦官は基本的に皇族の執事みたいな存在なんだなって

144: 歴ネタななしさん
幼少期に宦官にされたやつは皇帝と子供の頃から遊び友達にされたりするしな
そうなるとほとんど家族みたいなもんだから容易に引き剝がせない

146: 歴ネタななしさん
いい奴もいたんだろうけどそういう奴はだいたい話が残らないんだ

152: 歴ネタななしさん
no title

>ほとんど家族みたいなもんだから容易に引き剝がせない
後漢の霊帝は「張譲は父,趙忠は母」と呼んでいたそうだからな
大臣なんかよりずっと信用してただろう

154: 歴ネタななしさん
no title


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