1: 歴ネタななしさん

敵地でほとんど囲まれた状態から3倍近い相手に3割近い損害を与えた
普通じゃない
普通じゃない
2: 歴ネタななしさん
信長に土下座
45: 歴ネタななしさん
>信長に土下座
信長に土下座を認められないから会戦だぞ
信長に土下座を認められないから会戦だぞ
54: 歴ネタななしさん
>>45
信長の方で勝頼の降伏を受け入れる気が無かったっぽい
当時の基準で思いっきり無礼な宛名の書き方をした書状を送りつけて勝頼の顔を潰すわ
佐竹氏他の大名を仲介にした和睦交渉も無視するわで
信長の方で勝頼の降伏を受け入れる気が無かったっぽい
当時の基準で思いっきり無礼な宛名の書き方をした書状を送りつけて勝頼の顔を潰すわ
佐竹氏他の大名を仲介にした和睦交渉も無視するわで
3: 歴ネタななしさん
長篠城さっさと落とす
4: 歴ネタななしさん
家臣から撤退を進言されたときに「うむ・・・わしもそう思っておってたのじゃ」と言う
6: 歴ネタななしさん
史実通りなら織田に敵対すると滅ぼされるのは必然
9: 歴ネタななしさん
会戦って戦う前から勝敗決してる場合が多いから
前段階の前段階くらいから改善しないとダメだったり
なんならお前が権力の座に就いたのがそもそもダメとかあったり難しい
前段階の前段階くらいから改善しないとダメだったり
なんならお前が権力の座に就いたのがそもそもダメとかあったり難しい
22: 歴ネタななしさん
馬防柵はずらっと整然と並んでるイメージがあるが
織田型馬防柵は斜めに組み合ってて所々突出してて五稜郭みたいに射線が交わるような場所があり
徳川方馬防柵は互い違いに組んで一直線にガチガチにしてた
という違いがあるそうな
織田型馬防柵は斜めに組み合ってて所々突出してて五稜郭みたいに射線が交わるような場所があり
徳川方馬防柵は互い違いに組んで一直線にガチガチにしてた
という違いがあるそうな
26: 歴ネタななしさん
まさか織田・徳川連合軍の総数が4万近いとか勝頼は思わなかったんだろう
27: 歴ネタななしさん
>まさか織田・徳川連合軍の総数が4万近いとか勝頼は思わなかったんだろう
ノブは機動力生かして当時の情報伝達速度より速く手を回して勝つの多いよね
ノブは機動力生かして当時の情報伝達速度より速く手を回して勝つの多いよね
33: 歴ネタななしさん
>まさか織田・徳川連合軍の総数が4万近いとか勝頼は思わなかったんだろう
他の戦場から急いで戻ってきた信長が全力動員できず織田の援軍を寡兵と思っていた勝頼
集めるのに苦労したのは本当でもっと大軍を用意して武田を討つ気でいた信長
他の戦場から急いで戻ってきた信長が全力動員できず織田の援軍を寡兵と思っていた勝頼
集めるのに苦労したのは本当でもっと大軍を用意して武田を討つ気でいた信長
31: 歴ネタななしさん
ちゃんと援護が来た籠城戦の手本
32: 歴ネタななしさん
設楽原は実際行ったが狭いね
あそこに誘い込まれた勝頼が間抜け
あそこに誘い込まれた勝頼が間抜け
38: 歴ネタななしさん
退くに退けない理由もあったので戦わずして退却もできない
速やかに長篠城を攻略する以外に道はなかったがそれも失敗したのでホントもうどうしようもない
速やかに長篠城を攻略する以外に道はなかったがそれも失敗したのでホントもうどうしようもない
39: 歴ネタななしさん
勝頼としてはここに誘い込んでの後詰決戦は考えてなかったのかな
包囲して待ってたならこんな幅広いところじゃなくって隘路抑えれば城落とすまでは耐えられたんじゃ
包囲して待ってたならこんな幅広いところじゃなくって隘路抑えれば城落とすまでは耐えられたんじゃ
42: 歴ネタななしさん
長篠に至るまでの政治戦略誤ってるから退却したら離反の嵐やろなぁ
59: 歴ネタななしさん
長篠城喪失=奥三河からの徳川領侵攻ルート喪失
二俣城喪失=遠江北部からの徳川領侵攻ルートを喪失
1575年だけで勝頼は一気に対徳川で守勢にまわる事になってしまった
二俣城喪失=遠江北部からの徳川領侵攻ルートを喪失
1575年だけで勝頼は一気に対徳川で守勢にまわる事になってしまった
62: 歴ネタななしさん
諏訪勝頼殿ではのぉ・・・
66: 歴ネタななしさん
>62
信玄が生きてた頃
将軍家に勝頼への官途と御一字を要請してるけど叶わなかったというな
信玄が生きてた頃
将軍家に勝頼への官途と御一字を要請してるけど叶わなかったというな
61: 歴ネタななしさん
信長接近の報で重臣が撤退を進言したけど勝頼が決戦を選んだんで
移動開始前にこれまでと水盃交わしてるしな
移動開始前にこれまでと水盃交わしてるしな
64: 歴ネタななしさん
>信長接近の報で重臣が撤退を進言したけど勝頼が決戦を選んだんで
この件はちょっと眉に唾が必要かと思う
当時の勝頼に信玄以来の重臣一同の判断を撥ねつけられるだけの権力があったかどうか
この件はちょっと眉に唾が必要かと思う
当時の勝頼に信玄以来の重臣一同の判断を撥ねつけられるだけの権力があったかどうか
68: 歴ネタななしさん
敗戦後に武田家最大領土を獲得してる勝頼
73: 歴ネタななしさん
>敗戦後に武田家最大領土を獲得してる勝頼
長篠で滅亡一直線だと思ってたけどこっから盛り返してるのすごい
古くからの重臣一掃できたのはメリットもあったのかな
長篠で滅亡一直線だと思ってたけどこっから盛り返してるのすごい
古くからの重臣一掃できたのはメリットもあったのかな
75: 歴ネタななしさん
銃身は武田でも何とか揃えられた
火薬の手配は信長の経済制裁でクソ厳しかった
おかげで鉄砲隊の修練は全然進まなかった
とは最近よく聞く説
火薬の手配は信長の経済制裁でクソ厳しかった
おかげで鉄砲隊の修練は全然進まなかった
とは最近よく聞く説
98: 歴ネタななしさん
長篠城を包囲する
↓
包囲しつつ防御拠点形成
↓
織田到着後も包囲継続
↓
攻めかかかってきたところを防御拠点で防ぐ
↓
逆襲で信長の首を獲る
↓
包囲しつつ防御拠点形成
↓
織田到着後も包囲継続
↓
攻めかかかってきたところを防御拠点で防ぐ
↓
逆襲で信長の首を獲る
112: 歴ネタななしさん
包囲継続が酒井の別働隊に後方突かれて自分たちが包囲される状況になったんだからまずこの酒井の行動を察知して即座に潰しとかないと無理っス
115: 歴ネタななしさん
包囲に持ち込んで退路抑えた時点で勝ち確だし
武田側は無理を承知で突撃して勝頼本隊を逃がす時間を作らなきゃならなかった
武田側は無理を承知で突撃して勝頼本隊を逃がす時間を作らなきゃならなかった
137: 歴ネタななしさん
たまには勝頼のところに転移だとか転生する作品はないの?
みんな信長のところばかり行って面白くないんだわ
だいたい信長のところで旨いもん作って喜ばれるみたいな作品多過ぎ
みんな信長のところばかり行って面白くないんだわ
だいたい信長のところで旨いもん作って喜ばれるみたいな作品多過ぎ
143: 歴ネタななしさん
勝頼の陣営に転生するなら浅間山の噴火を止める技術を備えた人間じゃないと…
185: 歴ネタななしさん
長篠って重要拠点なのはわかるけど物凄い隘路でここに押し込まれた時点で戦略的には負けなんだな
189: 歴ネタななしさん
>長篠って重要拠点なのはわかるけど物凄い隘路でここに押し込まれた時点で戦略的には負けなんだな
遠江から西に来ると岡崎と長篠で挟み撃ちにできるって地形なんだよな
だから長篠をまず抑えないといけないんだけど最強の地形してやがって
そりゃ東照宮も置かれますわ
遠江から西に来ると岡崎と長篠で挟み撃ちにできるって地形なんだよな
だから長篠をまず抑えないといけないんだけど最強の地形してやがって
そりゃ東照宮も置かれますわ
193: 歴ネタななしさん
戦わないで帰ってきても叩かれるだろうし
この場にとどまるのも危険だし
かなり難しい判断要求されてたからなぁ
この場にとどまるのも危険だし
かなり難しい判断要求されてたからなぁ
195: 歴ネタななしさん
勝頼自身が勝ち続けるしかなかった大将だしな
ネタ元: ・





コメント
一か八かで賭けに出たのではと最近思うようになった
向こうは信長と家康がそろい踏みなんだから勝てば一気に形勢を逆転出来るかもしれない
ただ家臣団と兵の質が織田徳川に比べて圧倒的に劣る雑魚狩り専門の(武田)兵だから
勝率はかなり低いだろうけどね(武田兵が強いという妄想)
信長の桶狭間や毛利の厳島や島津の耳川など弱小が格上に勝つには賭けに出るしかない
弱兵の北条が騙し討ちにで勝った川越は例外で
結局、酒井の軍に回り込まれた時点で詰み
三段撃ちがどうこうの時代から
「ここが決め所と気合入れて兵と鉄砲集めてきた信長が野戦築城して、酒井や金森に鳶ノ巣砦落とされて包囲の危機に陥ったけどアホの勝頼が重臣の諌めも聞かず兵数差も読めずに武田の強兵なら尾張の弱兵など何するものぞと雨の上がった設楽ヶ原に突っ込んで、武田の名臣達は哀れ戦場の露と消えました」
って兵力差あったのに突撃していった扱いだぞ
そう、武田の中枢も次代を担う武将もかなりの数討ち死にだからな。
逆に織田徳川方は名のある武将の討ち死にと言えば松平伊忠くらい。
勝頼方がやるべきことは長篠城をさっさと落とし、野戦ではなく山岳戦を仕掛けるくらいか?
奥平を成敗する意味もあるが、長篠城攻撃前に三河南部の城に勝頼は滞在し
そこを橋頭保にするなら長篠城は信濃と三河南部の楔になっているしな。
信長が合流してこなければワンチャンあったが、そうはならなかったのが運の尽き
どうしても連合軍来着前に長篠が落ちないならせめて背水の陣を敷くべきではなかったとは思う。
自軍も展開場所が足りなくとも、川を防衛線に出来ていれば展開出来ない部隊は予備兵力として使える。
鳶ノ巣山が攻略されたら完全に包囲の形になる渡河しての布陣は織田徳川の野戦築城が無くても消耗が大きく、運任せで戦術的意味のない選択。
悲壮感半端ないからな
俺は関西から新府城と躑躅ヶ崎館を見るためだけに甲府まで行った。
御旗楯無公開してないの知ってたけど雲峰寺も行った
丹羽さん丹波さんにされるの巻
武田は撤退しかなかったとは誰もが思うことだろうけど
実際の武田軍の中ではどの時点でどのような情報が得られて
都度どのような方針となったのかがわからないのが残念
設楽原へ移動したときにどのような情報があったのかわからないと
勝頼の采配を判断できない
初手から攻勢をかけるのではなく
徹底した防衛戦を展開できていたら・・・と思う
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