1: 歴ネタななしさん
1762046895163
魏志倭人伝は3世紀の日本列島の倭人の生活や国々の様子を、中国の魏の記録をもとにまとめた史料。邪馬台国の女王・卑弥呼やその後継者壱与の統治や外交が詳しく記されている。

倭人の風俗、入墨や食事、服飾、交易などの日常生活も描写されている。位置や距離の記録に不確実性があり、邪馬台国の場所をめぐって論争が続いている。

2: 歴ネタななしさん
当時の中国の又聞きの又聞きみたいな話を
どこまで真に受けるか

4: 歴ネタななしさん
地理描写見るに東方見聞録レベルでテケトーに書かれたんだろうなってのが分かる

6: 歴ネタななしさん
>地理描写見るに東方見聞録レベルでテケトーに書かれたんだろうなってのが分かる
緯度経度とか念頭に無いのが前提だぞ
当時の中国の地図探してみろや

5: 歴ネタななしさん
對馬國=対馬
一大國=壱岐
末廬國=松浦市
伊都國=糸島市
奴国=福岡市
辺りまではほぼ確定かね?

8: 歴ネタななしさん
陳寿「うっせーな文句言うなら倭人が記録残しとけよ」

18: 歴ネタななしさん
古墳時代の歴史 (講談社現代新書)
松木武彦
講談社
2025-10-22




先月出た古墳時代の歴史って本だと
考古学的な面からは邪馬台国が九州か畿内かは不明だけど
この時代には既に九州と畿内は一体化してるみたいな話だった

19: 歴ネタななしさん
瀬戸内海は高速道路

21: 歴ネタななしさん
パーキングエリアの情報くらい書くやろ

22: 歴ネタななしさん
当時の人達ももっとメモっといてほしかった

24: 歴ネタななしさん
自郡至女王國、萬二千餘里=帯方郡から女王国までは一万二千里
知らない人も多いが総距離は普通に書いてたりする

25: 歴ネタななしさん
泥棒はほとんどいない
占いによって何でも決める(平安時代までそうだった)
返事は「あい(ハイ がそう聞こえる?)」である
高床式倉庫がある

とか色々と興味深い記述もある

37: 歴ネタななしさん
畿内とすると途中の中国地方や瀬戸内の記述が少ない気がする

43: 歴ネタななしさん
公孫氏が滅亡してなかったら資料残ってただろうになあ

46: 歴ネタななしさん
鏡と金印が見付かればなぁ

50: 歴ネタななしさん
no title

曹操高陵の責任者の学者が日田の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は魏から卑弥呼に贈られた可能性が高いと明言してる
九州であることは確定的なのだ

51: 歴ネタななしさん
王の住まう大きな家の跡くらい見付かれば

55: 歴ネタななしさん
場所はどこでもいいから名前はもうヤマト国にしちゃおうよ

56: 歴ネタななしさん
no title

言うだけならタダ!

70: 歴ネタななしさん
取り合えず伊都国には一大率を置いて女王国の北にある
伊都国の大体の位置は否定されてるんでそこから女王国の位置の参考になるね

74: 歴ネタななしさん
距離の単位が途中から変わってるのがすげぇ怪し過ぎる

77: 歴ネタななしさん
魏志倭人伝っていう文字の響きがいい

80: 歴ネタななしさん
与太話レベルらしいけど黄帝の奥さんの1人のボボ(すごいブサイク)が倭人の祖みたいな話があって面白かった

87: 歴ネタななしさん
女王国の以北にある国・狗邪韓国・対馬国・一支国・末盧国・伊都国・奴国・不弥国
国名だけしか分からない国・斯馬国・己百支国・伊邪国・都支国・彌奴国・好古都国・不呼国・姐奴国・對蘇国・蘇奴国・呼邑国・華奴蘇奴国・鬼国・爲吾国・鬼奴国・邪馬国・躬臣国・巴利国・支惟国・烏奴国・奴国
名称はあんまり変わらないって話なら比定して欲しい

88: 歴ネタななしさん
魏志倭人伝から特定なんてもう無理なんだから
掘り起こしたところに決定的なものが出てくるの待ちなんだよなー

102: 歴ネタななしさん
おそらく中国の役人が適当に書いたと思う

105: 歴ネタななしさん
>おそらく中国の役人が適当に書いたと思う
後世に影響ないだろうと処分されずに残ったという

112: 歴ネタななしさん
>おそらく中国の役人が適当に書いたと思う
国史でそれやれる度胸あるならそいつ名前が残るほど出世してるよ

132: 歴ネタななしさん
白髪三千丈の支那の話を真に受けるな

134: 歴ネタななしさん
30巻あるうちの30巻目にちょこっと書かれてるおまけみたいな感じだもんね

136: 歴ネタななしさん
文字教わってから実際に文字使いだすまで
スイショウの107年から金錯銘鉄剣の471年まで
370年とか日本人のんびりしすぎじゃないっすかね

138: 歴ネタななしさん
魏志倭人伝には倭人の墓は「棺あって槨なし」と書かれている
三国志の著者は、各地の墓制にかなり関心をもっていた
例えば
韓伝・夫余伝では「槨あって棺なし」
高句麗伝では「石を積みて封となす」
東沃沮伝では「大木の槨を作る、長さ十余丈」
などなど、いちいち書きわけている
奈良の「木槨木棺墓」や「竪穴式石室墓」は「棺あって槨なし」に合わない

139: 歴ネタななしさん
当時でも倭国に対する資料は複数あったみたいね魏略とか

140: 歴ネタななしさん
魏志倭人伝以外だと漢書地理誌と後漢書東夷伝と隋所倭国伝位しか知らない

147: 歴ネタななしさん
三国時代自体が長い混乱期に差し掛かった時代である
地続きの周辺国や周辺地域に関するデマや伝承を基にした記述も多数でいい加減なのに
いつまでも漢籍をアテにする方がおかしい
掘れば文明の痕跡なんて出てくる

146: 歴ネタななしさん
ていうか邪馬台国と魏国が同時代っていうのが混乱する
中華発展しすぎだろ

148: 歴ネタななしさん
三国志演義とか創作の影響であの時代の中華のイメージが文明化しすぎてるのも多分にある

152: 歴ネタななしさん
西のローマ帝国、中亜のペルシャ帝国、東の漢帝国って感じだからな
多くの民族が交流する結節点の文明は進化がワープスピード
日本みたいな孤島は大陸ともう500キロも離れてたらはハワイやイースター島みたいな生活だったろう

154: 歴ネタななしさん
no title

魏が倭と結んだのは敵対する呉の牽制を期待したという

157: 歴ネタななしさん
>魏が倭と結んだのは敵対する呉の牽制を期待したという
呉まで攻め込むことはできたのだろうか?

160: 歴ネタななしさん
中国は記録するならもうちょい細かく記録するように頑張ってくれよ

176: 歴ネタななしさん
五胡十六国の戦乱で帯方郡との関係が切れたあと100年間音沙汰無しで謎の4世紀というが、戦乱でまともに外交も文書管理も出来んかっただけじゃね
日本にどんな影響があったのか妄想するのも楽しい
まず輸入一辺倒だった最重要戦略物資の鉄の不足による政治経済の混乱と鉄の内製化の急務、それを国内でいち早く実現した勢力の台頭とか

183: 歴ネタななしさん
鉄をゼロから内製するようになるのは8?9世紀の律令制期でその時期だけは発掘でも明らかに製鉄遺跡が日本全国で増えてる
でもそれ以前には国内で鉄鉱石や砂鉄から製鉄しようとする動きは無いとは言わないがあんまり無い
中華は荒れてるけど肝心の鉄の産地である朝鮮との繋がりはそこまで途切れなかったんじゃないかな

185: 歴ネタななしさん
卑弥呼様の時代から古墳時代を経て
律令制が始まるまで記録が残っていない時代が続くのよね
そのへんは地道な発掘作業で少しづつ実態が見え始めてきてる

189: 歴ネタななしさん
石上神宮の七支刀もX線解析で369年が確定したから
半島への関わりが垣間見えるよね

195: 歴ネタななしさん
鉄の延べ棒を半島と取引してってことだが
多分当時の感覚だと一本100万円1000万円だろ?
さすがに台帳ぐらいあったはずなんだけど全部失われてるんだよな
惜しい

196: 歴ネタななしさん
鉄は春秋戦国時代の中国でパドリング法が開発され大規模製造技術が確立していたみたいね
そこの鉄を朝鮮半島の交易民が船で日本に運び巨利を得ていたんだとか

205: 歴ネタななしさん
no title

ちょっくら自分でも描いてみようと思ったけど水行20日がわかんね!

209: 歴ネタななしさん
no title

>ちょっくら自分でも描いてみようと思ったけど水行20日がわかんね!
日本列島の位置が違う

210: 歴ネタななしさん
水行20日は伊都国から長崎県を西にぐるっと回って佐賀から熊本市あたり
陸行一月は陸路で伊都国発で久留米から佐賀・熊本市あたり

211: 歴ネタななしさん
東西南北の基準が大陸視点かぁ
むずいわ

216: 歴ネタななしさん
>211
中世になっても東北地方は東の果ての方向だって認識されていたし
そのへんの感覚は近代になるまでなかなか是正されなかったみたいね

212: 歴ネタななしさん
そんなひん曲がった日本列島は別の地図を無理やり組み合わせた
後世のいいかげんな地図だけのものだと思いますよ

213: 歴ネタななしさん
文庫で読むと内容短すぎてコレ読み込んでも新しい発見ないだろ…ってなる

215: 歴ネタななしさん
>文庫で読むと内容短すぎてコレ読み込んでも新しい発見ないだろ…ってなる
文字通りによむとなんだこれって内容だしな
それでも他の辺境異民族記録よりはましという

219: 歴ネタななしさん
魏志倭人伝は方角正しいよ
帯方郡から狗邪韓国まで南に進み東に進み→合ってる
島二つ超えて九州までそれぞれ南に進む→合ってる
末路国から伊都国への方角は???となるが
これは直線で移動する「至」ではなく目的地まで直線では移動出来ない「到」を使っているので
東南は最初に出発する方向
伊都国奴国は東に進む→合ってる
不弥国から投馬国の南への水行は御笠川を使う→合ってる

方角は全く魏志倭人伝の通りで問題ない

220: 歴ネタななしさん
ずっと帯方郡からきた駐在の官吏がいたって話だし
顔の容貌もまったく異なり植生も気候も違う土地ってわけでもない
上海や青島は日本そっくりな気候

223: 歴ネタななしさん
no title

あのへんと古代からずっと交流があったってのロマンあるよね

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