1: 歴ネタななしさん
1765014397442
利休が実は生きてた説が出てきてるみたい 一次資料に利休の死んだ(切腹)のが確認出来ずに死んだとされる次の年に秀吉が利休の茶を飲んだという資料があったんだと

2: 歴ネタななしさん
戦国時代の通説とか後世の創作ばかり・・・

3: 歴ネタななしさん
以外にも逐電て記録のみで処刑されたて記録がない

4: 歴ネタななしさん
生きてても別に…って気もする

5: 歴ネタななしさん
no title

ちょっと違うがこの人は明智光秀じゃない方の可能性が高いって・・・

6: 歴ネタななしさん
>生きてても別に…って気もする
中央から離れたならそうよね

7: 歴ネタななしさん
no title

築山殿も生存説あったな

8: 歴ネタななしさん
桶狭間の戦いの内容が実はよく分からない(資料がない)

52: 歴ネタななしさん
>桶狭間の戦いの内容が実はよく分からない(資料がない)
日本の戦史研究が滅茶苦茶になったのはそれもこれも陸軍参謀本部ってヤツが悪いんだ

9: 歴ネタななしさん
no title

直虎ちゃんは3つぐらい説(別人)が別れてるとか

11: 歴ネタななしさん
細川忠興と古田織部が利休を見送ったってのはあった事なのかな?
なら利休が罰せられた事実はあったのか?

13: 歴ネタななしさん
利休!抹茶ラテを作れ

14: 歴ネタななしさん
茶人で商人に切腹させるってのもアレだよね

15: 歴ネタななしさん
京都あたりの古民家解体する時に
ふすまの中から手紙出て来て史実が判明するとかロマンあるよね

16: 歴ネタななしさん
大河になると資料の研究されたりして新説出てきたりするね

18: 歴ネタななしさん
no title

豊臣秀次の勝手に切腹説
大河ドラマでも採用されてた

22: 歴ネタななしさん
・利休の切腹について一次史料が現存していない
・豊臣秀吉が文禄元年(利休が切腹したとされる翌年)に母・大政所の侍女宰相に宛てた手紙に「きのふ、りきうかちやにて御せんもあかり、おもしろくめてたく候」と書かれている

通説では「りきうかちや」=「利休流の茶」、もしくは秀吉が「利休の茶」と書き間違ったと解釈
文教大学教授の中村修也説では「昨日も利休の茶を飲んで、食事もとって、とても愉快で気分がよかった」とそのまま解釈

最終的に中村氏は、さまざまな史料や論拠を示しつつ、堺に追放された利休は細川忠興が匿い、死んだという噂を流し、その後は自領に招いて隠棲させ、彼から直接茶の湯を学んだのだと論じる。

23: 歴ネタななしさん
秀吉の通説の元が太閤記だったりするけどそれ自体が創作が多いという…

24: 歴ネタななしさん
生きていてほしかったのは分かる

26: 歴ネタななしさん
no title

信玄公だと思った?残念

27: 歴ネタななしさん
秀吉はそれなりに豊かな家の出身という説も出てきてるよね

34: 歴ネタななしさん
1次資料って本当に信用できるの?

41: 歴ネタななしさん
no title

じゃこれなんなの?
古田織部の贋作?

44: 歴ネタななしさん
お別れの品だから別に死んでなくても構わんじゃろ

47: 歴ネタななしさん
no title

>お別れの品だから別に死んでなくても構わんじゃろ

45: 歴ネタななしさん
利休ほどの有名人でも死についての記録がろくに残ってないのか

46: 歴ネタななしさん
世阿弥とか有名だけどなんで佐渡に流されたかわかってないんだぜ

54: 歴ネタななしさん
no title

政宗の弟の小次郎も実際には切腹なんてしてなくて出家して生涯を終えていてなんならお家騒動自体伊達家中を挙げての狂言だったなんて話になってきてる

56: 歴ネタななしさん
土方歳三も函館で身代わり殺して自分は成り代わって多摩に帰ったんだっけ

59: 歴ネタななしさん
千家も裏千家も現在まで茶道の家元として続いているわけでもし開祖が切腹されていたなら一度も断絶されず存続が認められているのはおかしい気もする

60: 歴ネタななしさん
武者小路千家「」

69: 歴ネタななしさん
でも切腹されてないとするならその後どう生きてどこで亡くなったか新たな謎が出てくるな
調べるの面倒臭いしやっぱり切腹説で

80: 歴ネタななしさん
豊臣国松が豊後日出藩の木下家に匿われて木下延由になったとか豊臣秀頼が薩摩に落ちのびて村人の手伝いをしながら一生を終えたとか

84: 歴ネタななしさん
新説も大事だけど世間一般に罷り通ってる誤説の払拭も早よ
最近よく豊臣秀吉スレや豊臣兄弟スレ立ってるけど秀吉がガチの種無しだと思ってる人必ず出て来てる

93: 歴ネタななしさん
あの時切腹をせずに済んだとして、だったら利休の本当の享年はいつになるんだ
千利休位の大物なら、この年この日に亡くなられたという記録は残すはずだろう

104: 歴ネタななしさん
素浪人北条早雲とかは完全に廃れてるし通説も何だかんだで更新されてはいるな

107: 歴ネタななしさん
今川義元短足麿デブ説とかもだいぶ下火になってきた

110: 歴ネタななしさん
斉藤道三の下剋上が親子ニ代とかも

120: 歴ネタななしさん
光秀は真面目な中間管理職がストレスでってイメージからそもそも裏切る様な腹グロ男だったという方向にシフト

125: 歴ネタななしさん
遣唐使船は昔の沈没しまくりイメージよりは大陸まで渡れてると言われるようになった

129: 歴ネタななしさん
>遣唐使船は昔の沈没しまくりイメージよりは大陸まで渡れてると言われるようになった
半島ルートから江南ルートに変わったのも昔は邪魔されていたからという説が跋扈していたけど
監視の目が緩い江南で密貿易するためにルート変更されたという説が強くなってきたな

131: 歴ネタななしさん
注目されなきゃ話にならんのはわかるけどセンセーショナルなこと言えばいいってもんでもないよな
だいたいそのまま消えてネットの片隅で無責任なデマまがいの説として混乱のもとになるだけし

139: 歴ネタななしさん
利休生存ルートは太閤殿下の名誉が回復される

149: 歴ネタななしさん
地道な発掘作業や新資料の発見で
どんどん解像度があがっていくのいいよね

150: 歴ネタななしさん
取り合えず創作物やゲームなんかの戦国大名がみんな“天下を目指して”争ったってのはもう無さそうよね

159: 歴ネタななしさん
桶狭間の時の今川義元上洛説はもう下火
信玄の西上作戦が上洛まで狙ってたのかも不明

175: 歴ネタななしさん
教科書でただ漠然とお茶の人としか覚えてなかったから大柄で強そうなビジュアルのへうげものにたまげた

180: 歴ネタななしさん
no title

三国志演義と同じ様な感じで戦国時代の通説の多くが後世の創作であっても戦国武将好きって気持ちはそんな変わらない
それはそれこれはこれ的な

215: 歴ネタななしさん
話としては面白いかもしれんけど史料的に根拠が無いのを抜きにしても
利休の当時の知名度考えるととてもひっそりと生きれた気がしないけどな

218: 歴ネタななしさん
歴史学者の渡邊大門のyoutubeが過疎ってるけどこの人は真面目に一次資料の話で信用出来ない様なの分からないってちゃんと言うからまぁ動画としては全然ウケないのよね・・・

223: 歴ネタななしさん
信用されなくなった武功夜話

227: 歴ネタななしさん
実は生きてた系で僅かでも本当にその可能性出てきたのって伊達の弟くらいか

229: 歴ネタななしさん
三斎と織部に対する篤い信頼

230: 歴ネタななしさん
>三斎と織部に対する篤い信頼
どっちもキチなせいで変な行動力有るからな

237: 歴ネタななしさん
昔憶えた武将名が資料を吟味して今は変わってる例も結構あるよね
信長の弟とか武田家臣とか

243: 歴ネタななしさん
へうげもので思い出したが
史実の家康が質素倹約なキャラだとか
経済音痴だったから鎖国したみたいなこと昔はよく言われてたなあ

244: 歴ネタななしさん
作者の歴史観も古めだよなみたいなのはへうげキャラ造形で感じる事が多い

271: 歴ネタななしさん
家康「鉛筆もメガネも便利だから使うしもらった時計かっこいいから部屋に飾るし自分でお香の調合して本も書くわ」

287: 歴ネタななしさん
no title

信長に南蛮胴を着けた記述は無いんだったか
髪型は月代

321: 歴ネタななしさん
桶狭間はハッキリしない方が面白いまである

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