2: 歴ネタななしさん
あんなに目立つものがどうして…
6: 歴ネタななしさん
富士山信仰とか別種の人たちかな
8: 歴ネタななしさん
日本て中国から見て日ノ本だよな
43: 歴ネタななしさん
>>8
和人は東夷(東北、奥州の辺り)を日ノ本と呼んでいた
中華に日出処国でキレられて焦って違うよ我々は中国から見て東の蛮族だから日ノ本って言っただけだよ!ってノリで国号を日本に変えた
和人は東夷(東北、奥州の辺り)を日ノ本と呼んでいた
中華に日出処国でキレられて焦って違うよ我々は中国から見て東の蛮族だから日ノ本って言っただけだよ!ってノリで国号を日本に変えた
15: 歴ネタななしさん
結局なんでなん
16: 歴ネタななしさん
>>15
東国は野蛮人の地だから
そんなところに神と思しき霊験あらたかなご山体があっていいわけがない
神は出雲にいるのだから
東国は野蛮人の地だから
そんなところに神と思しき霊験あらたかなご山体があっていいわけがない
神は出雲にいるのだから
17: 歴ネタななしさん
東方征伐中だったからやろ
8世紀なら源氏と藤原氏が関東で防衛と侵攻勢力を作っとるし
8世紀なら源氏と藤原氏が関東で防衛と侵攻勢力を作っとるし
50: 歴ネタななしさん
>>17
これな
滋賀県から東を関東と呼んでた時代があるぐらいや
これな
滋賀県から東を関東と呼んでた時代があるぐらいや
18: 歴ネタななしさん
歴史探偵でやってた気がするけど忘れた
21: 歴ネタななしさん
元々西国が本拠地で東征で支配地を広げてったから
23: 歴ネタななしさん
古事記のことはよう知らんけど
当たり前だけど昔は地図がないから村の外はそれこそ未知の世界だった
そんな時代に遥か彼方に見える巨大な山、信仰対象にならんわけがない
当たり前だけど昔は地図がないから村の外はそれこそ未知の世界だった
そんな時代に遥か彼方に見える巨大な山、信仰対象にならんわけがない
25: 歴ネタななしさん
>>23
遥か彼方に見えるものを巨大と認識できるか?
遥か彼方に見えるものを巨大と認識できるか?
26: 歴ネタななしさん
>>23
大航海時代の欧州人とかもそうやけど自分らが未開の地に文明を与えるんや!
せやから未開の地が凄い訳ない!って発想になるんやで
富士山が信仰されるのは未開の地ではなく日本としてある程度組み込まれてからや
大航海時代の欧州人とかもそうやけど自分らが未開の地に文明を与えるんや!
せやから未開の地が凄い訳ない!って発想になるんやで
富士山が信仰されるのは未開の地ではなく日本としてある程度組み込まれてからや
24: 歴ネタななしさん
現代からみたら凄い自然のひとつだけど当時はただの自然だろ
辺り一面ぜんぶ自然やからね当時は
辺り一面ぜんぶ自然やからね当時は
28: 歴ネタななしさん
百人一首でも矛盾あるし
今の通説と現実は違った可能性はおおいにある
今の通説と現実は違った可能性はおおいにある
29: 歴ネタななしさん
富士山が今のような円錐形の山になったのは860年の貞観噴火からだからそれ以前はそれほど印象的な山でもなかったのかもしれん
34: 歴ネタななしさん
琵琶湖の記述とかはないんか?
35: 歴ネタななしさん
平安時代にはもう認識されてんだけどな富士山
竹取物語にも出てくるし
竹取物語にも出てくるし
36: 歴ネタななしさん
ワイは40超えたおっさんやけど人類のまともな文明歴史ってワイの50倍程度しかないんだって考えると短いよな
37: 歴ネタななしさん
富士山が日本で一番デカい山っていつから認識されだしたんや
39: 歴ネタななしさん
>>37
測量技術が発達してから
富士山が信仰されてきたのは高さもそうやけど独立峰なのと形
日本アルプスとかも高いんやけどそれらは連峰なんよ
その辺の違い
測量技術が発達してから
富士山が信仰されてきたのは高さもそうやけど独立峰なのと形
日本アルプスとかも高いんやけどそれらは連峰なんよ
その辺の違い
48: 歴ネタななしさん
富士山の記述もないってだけやで
西日本の高い山でも記述されてない山もたくさんある
西日本の高い山でも記述されてない山もたくさんある
51: 歴ネタななしさん
「関東」や「蝦夷」の範囲がどんどん東に北にと移動していくねん
京都府と滋賀県の間にある「逢坂」
ここに関所があって
ここから東、つまり滋賀県以東を
「関東」と呼んでた時代があるぐらいや
京都府と滋賀県の間にある「逢坂」
ここに関所があって
ここから東、つまり滋賀県以東を
「関東」と呼んでた時代があるぐらいや
53: 歴ネタななしさん
あの時代は関東への陸路は長野回りなんよ群馬とか埼玉北部が関東の入り口で有力豪族もその辺に集まってて古墳もその地域に集中しとる
55: 歴ネタななしさん
>>53
中山道なー
いまでは北陸扱いされてる場所を通るルート
中山道なー
いまでは北陸扱いされてる場所を通るルート
58: 歴ネタななしさん
ヤマトタケルの時代まで下ると東海道の話が出てくる
66: 歴ネタななしさん
>>58
東海道(滋賀県の甲賀市から鈴鹿峠を通って三重県を通過するルート)
がその頃になってようやくなんやな
まあ鈴鹿峠はけっこうキツいからな
当時はまだその南(油日とか柘植)を通って伊賀市に行く程度やったんやろな
東海道(滋賀県の甲賀市から鈴鹿峠を通って三重県を通過するルート)
がその頃になってようやくなんやな
まあ鈴鹿峠はけっこうキツいからな
当時はまだその南(油日とか柘植)を通って伊賀市に行く程度やったんやろな



コメント
空気の澄んでいた昔なら東の方に巨大な山があると、存在は認識されてたはず
具体的に言うと当時の日本では富士山は泰山のような封禅の儀をやるような神聖なもの或いは信仰の対象ではなく、「只の高くて綺麗な山」止まりだったのかもしれない
そう考えると富士山信仰も平安時代くらいまでしか遡れない可能性もある
そうなるとなんで正確な標高がわからない時代に信州や北陸の山々よりも特別視してたのか不思議だけど
ありそう
天竜川とか大井川、濃尾三川を渡る時に橋があったかどうか
泳いで渡ろうとして流されるくらいなら山道辛くても東山道歩くかも
武蔵国や相模国に行くには箱根の険が越えられないので
伊豆から房総半島へ船で渡るか、東山道を使うかの大回りルートしかなかった
という話を聞いたことがあるな。
御殿場線ルートとか富士急行+中央線ルートがあるじゃん
木曽三川の架橋は明治になって三川分流がデ・レーケによって完成してからの鉄道用途が最初。それまでは旅客も軍勢も渡し船で渡った。
琵琶湖は、近江
浜名湖は、遠江やで?
あと
(京から見て)瀬田川を越えたら、そこは魑魅魍魎の住処とも言われていたんやで?
瀬田唐橋は大蛇が出るもんな
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