2: 歴ネタななしさん
こいつが超有能かつ冷酷だったから200年続いたんやで
3: 歴ネタななしさん
実は怖いよ
5: 歴ネタななしさん
関ヶ原でどれくらい活躍したん?
7: 歴ネタななしさん
>>5
兵力温存
兵力温存
8: 歴ネタななしさん
>>5
家康をガチギレさせて危うく家督継ぎ損ねそうになったり結果的に真田昌幸を死ぬまで九度山で蟄居させて大阪城入りを阻止する程度の活躍はしてたで
家康をガチギレさせて危うく家督継ぎ損ねそうになったり結果的に真田昌幸を死ぬまで九度山で蟄居させて大阪城入りを阻止する程度の活躍はしてたで
6: 歴ネタななしさん
有事には無能、平時には優秀
10: 歴ネタななしさん
でも嫁に頭が上がらないんでしょ?
13: 歴ネタななしさん
あずみではやぎゅう先輩とコンビで悪役
14: 歴ネタななしさん
有能な場合悪役ポジションやらされる人
15: 歴ネタななしさん
家康がこいつの名前を家忠とかに改名させなかったのが謎やな
後継者であることを強調するならやっといてもよさそうなのに
まあ家康が家の字つけた理由の方が謎といえば謎だが
後継者であることを強調するならやっといてもよさそうなのに
まあ家康が家の字つけた理由の方が謎といえば謎だが
28: 歴ネタななしさん
>>15
元々家の字が通字って訳でもないしむしろ家光からや
元々家の字が通字って訳でもないしむしろ家光からや
17: 歴ネタななしさん
関ヶ原で功績のあった外様大名を悉く取り潰していった
福島への因縁の付け方とかヤクザ以上
福島への因縁の付け方とかヤクザ以上
18: 歴ネタななしさん
秀忠がまともな善玉だったフィクション、MUSASHI-GUN道-くらいしか思いつかん
20: 歴ネタななしさん
>>18
へうげもの
へうげもの
27: 歴ネタななしさん
>>18
センゴク
センゴク
37: 歴ネタななしさん
>>27
半生しか描いとらんやんけ
半生しか描いとらんやんけ
19: 歴ネタななしさん
幕府の体制に元勲入れなかったのはファインプレー
22: 歴ネタななしさん
秀忠って関ヶ原の遅参いちゃもん以外に悪い評価あったけ?
35: 歴ネタななしさん
>>22
家光の乳母のインターセプトで事なきをえたけど長男の家光より次男の忠長をかわいがってたせいで後継争いが起きそうになったりとかがある
家光の乳母のインターセプトで事なきをえたけど長男の家光より次男の忠長をかわいがってたせいで後継争いが起きそうになったりとかがある
23: 歴ネタななしさん
家康が晩年まで外交と戦やってた時に江戸で内政やってた内政特化型って感じや
家康の補佐役に徹した人生みたいな
家康の補佐役に徹した人生みたいな
32: 歴ネタななしさん
>>23
やった事も家康路線の徹底やからな
それを徹底するにあたってまあまあ苛烈な事もしてるけど
やった事も家康路線の徹底やからな
それを徹底するにあたってまあまあ苛烈な事もしてるけど
26: 歴ネタななしさん
へうげものだとわりとイイ感じに描かれてたな
有能とかかっこいいとかじゃなくて妙に人間臭く描かれてた
有能とかかっこいいとかじゃなくて妙に人間臭く描かれてた
29: 歴ネタななしさん
義理の姉を城ごと燃やして「戦争ってこういうもんだから」って嫁に言ったんだっけ?
30: 歴ネタななしさん
家康の子供たち見てみると年行ってから生まれた連中のほうが御三家の始祖になったり可愛がられたりと幸福な人生送ってるケースが多いな
上の連中は自害させられたり養子に出されて微妙な関係になったり嫌われたりみたいな話が多いし
秀忠も天下の将軍になれたとはいえ怒られたり息子から嫌われたりとまあまあキツい人生送ってるな
上の連中は自害させられたり養子に出されて微妙な関係になったり嫌われたりみたいな話が多いし
秀忠も天下の将軍になれたとはいえ怒られたり息子から嫌われたりとまあまあキツい人生送ってるな
34: 歴ネタななしさん
>>30
年取ってからの子どものほうがコマとして使う必要がなく普通に愛情注げるし
さらに幼すぎて秀忠のライバルにならないから秀忠に気兼ねすることなく領地も与えることが出来るからな
年取ってからの子どものほうがコマとして使う必要がなく普通に愛情注げるし
さらに幼すぎて秀忠のライバルにならないから秀忠に気兼ねすることなく領地も与えることが出来るからな
31: 歴ネタななしさん
あんまりな描かれようだった影武者徳川家康
33: 歴ネタななしさん
徳川の基礎こさえた偉大な将軍だろ
36: 歴ネタななしさん
守勢の才能99ってだけや
秀忠が地盤固めたからこそ3代目のバカボンから長く15代目まで続いた
秀忠が地盤固めたからこそ3代目のバカボンから長く15代目まで続いた



コメント
その1 将軍職を継承する前後はまだ豊臣家がおり、不要な刺激になるため
その2 将軍在任中の改名は過去の実例で不吉なことが起きているため 凶事とされた。
・改名後、応仁の乱がおきた
・改名後、畿内から追放された
・改名後、襲撃され何人か道連れに切り倒したが、暗殺される
まぁ、うん、そういうことなんじゃないかな?
でも信康に秀忠みたいな統治が出来たか?って言われたらねぇ…
朝廷ば怖ぇ存在だたんだんべな
小心者だすけ余計さ大胆さ武断政治行たんだんべな
家康→秀頼「もうお前を守ってくれる秀吉は居ねえんだぞ」
秀忠→正純「もうお前を守ってくれる家康は居ねえんだぞ」
っつーか本スレに書いてある通り、当時は通字が家と思ってなかっただけじゃね?
それまでは康か忠やろ。
「家康がこいつの名前を家忠とかに改名させなかったのが謎」
→徳川の一門衆で『家忠日記』』で有名な松平家忠(関ヶ原の合戦の前に伏見城で討ち死)がいたから家忠への改名の可能性は低かっただろうな
松平一族は忠を付ける事が多いみたいで戦国時代だと確か3人ぐらい松平家忠さんがいたはず
有名なのは日記の人だけど忠吉が名跡継いだ松平家も先代が家忠さん
…って話があるけど、憚る必要あるのか?
氏だって違うのに
それなら、1620年に家光と名付け、元服したときに
自分も家忠と改名しなかった理由にならないかと。
松平の通字は「信」がメインで「親」「忠」あたりがサブなイメージ
家康の初名「元信」だしね
清康とそれに肖った元康→家康辺りで「康」が追加しかけた感じ
「家」に関してはそれこそ家光以降の話だから秀忠はこだわる事も無かったのかも
それよりも清康の初名「清孝」の「孝」の異質感
兄弟揃って使ってるから何らかの意味でもあるのかな
清孝が松平宗家の当主になるまでいろいろ訳ありで順風満帆ではなかったみたいなので、そこらへんも影響してるかもわからんね
未だ清康という名で発給された文書(一次史料)が見つかってないのもなかなかに不思議
なんらかの理由で改名が必要になったのかもだし、実は北条早雲のように本人は一切名乗ってないのに後世が勝手にそう名付けたような可能性もあるかもだね
真面目で父親の言うこときくだけが取り柄っていうキャラ付けは創作の秀忠の中では珍しい気がする
なんで自分まで改名しなきゃいけないの
家光が親父をネガキャンしまくった成果だろうね
軍事に関してはよく言われるけど、致命的なミスはやってないからね
というかむしろ大坂の陣はめっちゃ仕事してた
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