2: 歴ネタななしさん
5: 歴ネタななしさん
結局九州と関西説どっちが正しいの
6: 歴ネタななしさん
>結局九州と関西説どっちが正しいの
まずタイムマシンを完成させます
まずタイムマシンを完成させます
10: 歴ネタななしさん
卑弥呼を題材にした作品で何かオススメある?
11: 歴ネタななしさん
28: 歴ネタななしさん
17: 歴ネタななしさん
甲羅の占いで物事を決めていた
弟が実権握ってた
魏に金印貰った
くらいしかわからんな
弟が実権握ってた
魏に金印貰った
くらいしかわからんな
21: 歴ネタななしさん
>魏志倭人伝の簡易翻訳
くまモン強そうだな
くまモン強そうだな
24: 歴ネタななしさん
邪馬台国に服属せず独立を維持していたからね
この時代の鉄鏃は福岡-熊本間で集中的に見つかっているので
独自に鉄を仕入れて武装していたんだろうね
この時代の鉄鏃は福岡-熊本間で集中的に見つかっているので
独自に鉄を仕入れて武装していたんだろうね
22: 歴ネタななしさん
魏志倭人伝だとババアって書かれてるんだろ?
40: 歴ネタななしさん
41: 歴ネタななしさん
45: 歴ネタななしさん
音に字を合わせただけだから当時の発音だとピメハとかペメハとか全然違う読みだったと言われだしてからなんともかんとも
46: 歴ネタななしさん
現代人が聞き取れそうなのは頑張って室町くらいとか言われてたな
48: 歴ネタななしさん
>現代人が聞き取れそうなのは頑張って室町くらいとか言われてたな
根拠が無い
根拠が無い
47: 歴ネタななしさん
そもそも古墳時代にミコって日本語あったの?
49: 歴ネタななしさん
台与は確か13歳ぐらいで女王になったら
荒れてた国が纏まったんだっけか
荒れてた国が纏まったんだっけか
55: 歴ネタななしさん
>そもそも古墳時代にミコって日本語あったの?
邪馬台国の記録で卑奴母離とかの単語も出てくるが
奈良時代の頃の記録に出てくる鄙守のことだろうと言われるくらいには
古墳時代と奈良時代ならそんなに離れてないからありそうではある
ミコという単語なら神子とか御子とかで奈良時代にも出てくるし
邪馬台国の記録で卑奴母離とかの単語も出てくるが
奈良時代の頃の記録に出てくる鄙守のことだろうと言われるくらいには
古墳時代と奈良時代ならそんなに離れてないからありそうではある
ミコという単語なら神子とか御子とかで奈良時代にも出てくるし
61: 歴ネタななしさん
>ミコという単語なら神子とか御子とかで奈良時代にも出てくるし
可能性があるとしたら巫女じゃなくてそっちの方だろうな
女王が巫女だったんなら後の時代にも巫女の位高くなってそうだし
可能性があるとしたら巫女じゃなくてそっちの方だろうな
女王が巫女だったんなら後の時代にも巫女の位高くなってそうだし
63: 歴ネタななしさん
巫女じゃなくてというかそもそも巫女をミコと読むのは神子をカンコ(カミコ)と読んでて、それの略で巫女をミコと読んでるって平安時代の記録に残ってる
64: 歴ネタななしさん
奴国だった名残が那の津那の川として残っている
志賀島で見つかった光武帝の金印は西暦57年のもの
それ以前からナの国だったろう
日本において少なくとも2000年は地名は残る
志賀島で見つかった光武帝の金印は西暦57年のもの
それ以前からナの国だったろう
日本において少なくとも2000年は地名は残る
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コメント
銅鏡に映る姿は老女になってたわね
>>当時の発音だとピメハとかペメハとか全然違う読みだった
もし仮に漢字伝来当初のハ行の発音が適用できるなら半濁点が出るわね、確かに
それともオバハンを見たいのか?
畿内説他派は邪馬台国は女王の都という記述に基づいて本州にまたがる大きな女王国の中で首都の邪馬台国があると捉えている
16の地図は九州説派がそう主張したいというだけのもの
戦術、戦闘、軍団編成、恋愛シミュレーション 内政要素がないだけでいろいろ考えられてた。同じような戦闘が結構つづくのがつらいが。
黒髪の若い卑弥呼だったんだけど
いつからか重版されたときに白髪の婆さんに切り替わってたな
卑弥呼の時代に一番強盛だったのは纏向だけど、当時の日本には地域政体が多かったので、そのどれかが邪馬台国だったとしても不思議ない
卑弥呼の次の次に13歳で女王になった壱与から来てるものだと思うわ
女王になった時:若い女性
魏へ使者を送る時:白髪交じりの中年女性
亡くなる数年前:老いが目立ち、壱与が身の回りの世話をしている
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