27: 歴ネタななしさん

これが諸悪の根源やんけ
33: 歴ネタななしさん
本家と分家の中が超絶仲悪い
隙あらば一向宗の反乱
安心して上洛できない
隙あらば一向宗の反乱
安心して上洛できない
31: 歴ネタななしさん
PRIDE
32: 歴ネタななしさん
>朝倉はなんで上洛しなかったの
今は冬だから…
雪めっちゃ積もってるし…
凄く寒いから動けないし…
あと面倒くさいし…
春になったらやるから…
今は冬だから…
雪めっちゃ積もってるし…
凄く寒いから動けないし…
あと面倒くさいし…
春になったらやるから…
39: 歴ネタななしさん
>32
信玄「ふざけんなテメー
信玄「ふざけんなテメー
43: 歴ネタななしさん
朝倉くんは信玄からも直々にお叱りのお手紙もらってるぐらいにはやらかしてるよね
48: 歴ネタななしさん
>43
俺に合わせて動かないお前が悪いは信玄の身勝手さが出てて実にいい
俺に合わせて動かないお前が悪いは信玄の身勝手さが出てて実にいい
51: 歴ネタななしさん
>>48
まあでも家康をあれほどまでにボコボコにしたのに君なにやってるのとはなるでしょ
文脈的には連携攻撃しようって流れからのお叱りだし
勝てるものも勝てないって言われちゃうよ
結果的に武田の支援もろくに得られず滅んでるわけだし
まあでも家康をあれほどまでにボコボコにしたのに君なにやってるのとはなるでしょ
文脈的には連携攻撃しようって流れからのお叱りだし
勝てるものも勝てないって言われちゃうよ
結果的に武田の支援もろくに得られず滅んでるわけだし
34: 歴ネタななしさん
普通に三好とことを構えるとか論外だから上洛なんてプランはない
38: 歴ネタななしさん
孝景の代に宗滴に好き放題やらせて一門増長OK!という情勢をより強化したからこいつが下手人
義景は当主に権力引き戻すのに苦労しまくっている
義景は当主に権力引き戻すのに苦労しまくっている
46: 歴ネタななしさん
>38
宗滴も家中で生き残るために実子を廃嫡したり大変なんよ
宗滴も家中で生き残るために実子を廃嫡したり大変なんよ
40: 歴ネタななしさん
豪雪地帯とかいうハズレ領地
47: 歴ネタななしさん
>豪雪地帯とかいうハズレ領地
若狭を奪い取って越前若狭という日本海の貿易ルートの要地を抑えたから朝倉はむしろ恵まれてる方だぞ
豪雪で行動制限が厳しいことをさっぴいても他の豪雪地帯からすれば天国みたいなもんよ
それで峠越えた先の大勢力と勝負できるかというとNOだけど
勝家も結局勢力圏が悪いで秀吉にやられ放題だったしね
若狭を奪い取って越前若狭という日本海の貿易ルートの要地を抑えたから朝倉はむしろ恵まれてる方だぞ
豪雪で行動制限が厳しいことをさっぴいても他の豪雪地帯からすれば天国みたいなもんよ
それで峠越えた先の大勢力と勝負できるかというとNOだけど
勝家も結局勢力圏が悪いで秀吉にやられ放題だったしね
49: 歴ネタななしさん
義景も宗滴死後の敦賀郡司を冷遇して大野郡司の景鏡を重用してあんな事になるのも因果というか
53: 歴ネタななしさん
敦賀郡司優遇続けるのはよくないからそこはバランス調整だろう
どこでもそうだけど寝首かかれないよう一門に力を与え過ぎず
かといって乱を起こすような不満を持たれないようにするのって難しいね
どこでもそうだけど寝首かかれないよう一門に力を与え過ぎず
かといって乱を起こすような不満を持たれないようにするのって難しいね
57: 歴ネタななしさん
朝倉家の一番の危ない要因は加賀一向衆より敦賀郡司と大野郡司の仲が悪すぎること
義景時代からではなくずっと昔から歴代の郡司の仲が悪い
景紀の息子の朝倉景垙が景鏡と口論になって自害するほど
そのせいで朝倉家の当主は戦に出てはいけないっていう家訓を破ってまで義景は出陣した
義景時代からではなくずっと昔から歴代の郡司の仲が悪い
景紀の息子の朝倉景垙が景鏡と口論になって自害するほど
そのせいで朝倉家の当主は戦に出てはいけないっていう家訓を破ってまで義景は出陣した
66: 歴ネタななしさん
義景に上洛するくらいの根性あるんだったらその前に一門衆整理して越前まとめてるよね
69: 歴ネタななしさん
根性で一門統制できるなら楽なもんすわ
71: 歴ネタななしさん
将軍奉戴すれば少なくとも当主の求心力は高まりそう
72: 歴ネタななしさん
若狭武田は朝倉義景のおもちゃのイメージ
故に義景に良い印象ない義昭がマジギレして介入した感
故に義景に良い印象ない義昭がマジギレして介入した感
87: 歴ネタななしさん
>72
実は六角定頼の娘が正妻なんで六角さんと縁戚だったんで安定してたんですけど
信長って奴が滅ぼしちゃいましてね
実は六角定頼の娘が正妻なんで六角さんと縁戚だったんで安定してたんですけど
信長って奴が滅ぼしちゃいましてね
75: 歴ネタななしさん
ってか早めに上洛しとけば将軍匿ってたよしみとかでだいぶいい計らい受けれたはずだろうし
仮に上洛中に領内で謀反があっても将軍の御旗の元討伐軍送れるし義景視点でメリットしかないように思うんだが
むしろ謀反してくれれば邪魔者処せる大義ゲットやんけ
仮に上洛中に領内で謀反があっても将軍の御旗の元討伐軍送れるし義景視点でメリットしかないように思うんだが
むしろ謀反してくれれば邪魔者処せる大義ゲットやんけ
76: 歴ネタななしさん
義景に頼りになる弟や息子が何人かいたらやりようはもっとあったんだろうけどねぇ
80: 歴ネタななしさん
志賀の陣は朝倉めっちゃがんばったわ
あそこで重臣の坂井を討てなかったら信長は講和する気なかった
あそこで重臣の坂井を討てなかったら信長は講和する気なかった
99: 歴ネタななしさん
上洛なんかしても
将軍の命令へこへこ聞くはめになるし
皇室に献金もしなきゃいけないし
そんな事するより一乗谷で箱庭やらないと…
将軍の命令へこへこ聞くはめになるし
皇室に献金もしなきゃいけないし
そんな事するより一乗谷で箱庭やらないと…
104: 歴ネタななしさん
朝倉と浅井で劣等織田を包囲殲滅!!→あ、朽木谷から帰りますね
誰も止めなかったんかこんなガバガバ作戦
誰も止めなかったんかこんなガバガバ作戦
140: 歴ネタななしさん
根本的になんで朝倉はあそこまで信長と敵対したんだ
若狭の派閥争いで対抗勢力のバックについちゃったからだろうけど
対一向宗対謙信で基本的な利害は一致するだろうに
利権争いにしては信長は朝倉滅ぼした後越前ほっておいて一向宗に奪い返されるとかしてるし
若狭の派閥争いで対抗勢力のバックについちゃったからだろうけど
対一向宗対謙信で基本的な利害は一致するだろうに
利権争いにしては信長は朝倉滅ぼした後越前ほっておいて一向宗に奪い返されるとかしてるし
141: 歴ネタななしさん
朝倉は上手く操縦出来れば北の家康として上杉対策に使えただろうにな
142: 歴ネタななしさん
大元を質せば朝倉も織田も斯波武衛家の守護代なわけだし歴史的な競争意識でもあったんかね
144: 歴ネタななしさん
ノブの一族はさらに分家だってことも朝倉のプライド刺激した可能性はある
161: 歴ネタななしさん
いまいち何がしたかったのかわからない義景
しかし朝倉一味は信長戦と一向宗との戦いでほぼ全滅という悲惨ぶり
しかし朝倉一味は信長戦と一向宗との戦いでほぼ全滅という悲惨ぶり
162: 歴ネタななしさん
浅井朝倉連合軍にしてみれば初手の金ケ崎で信長仕留め損じたのがすべて
164: 歴ネタななしさん
後の世界を知ってる立場では京まで攻め上るべきだったと言えるけど
それをやって敗走した地方大名って沢山いたから慎重になるのも分かるんよね
それをやって敗走した地方大名って沢山いたから慎重になるのも分かるんよね
165: 歴ネタななしさん
信玄じゃないけど朝倉義景に瀬田に旗を立てる心構えがあれば…いやまあ無いな…
185: 歴ネタななしさん
朝倉さんは撤退戦1回で滅亡まで行くのが脆すぎる…
ネタ元: ・



コメント
朝倉義景は若狭を攻めて武田元明を保護(実質人質)しとるね
この武田元明は足利義昭の甥にあたり
若狭侵攻は明確に義昭に対する敵対行為である
つまり、義昭+信長ははなから朝倉を攻めるつもりであり
召集状は送ってなかった可能性もあるね
あるいは出頭しても「元明を開放しろ」と言われるだけなので
義景の方で出頭しなかったか
当時はこっちが表
更に京の玄関口の敦賀おさえてるんだから、行けないわけがない
事実、過去に2名も越前から上洛してるし
雪は・・・まあ・・・
他にある?
あそこレス乞食っぽい歴史スレよく立ってるけど管理人の仕込みとかなん?
戦国時代はプチ氷河期だし今よりヤバそう
自分のレスだけど小谷城東の伊吹山積雪深さ世界一記録持ちだった
撤退しなきゃ死ぬって
信長はその伊吹山の麓通って京都に駆けつけたりしてるんだよね…
信長の上洛戦に便乗するには若狭に手を出したタイミングが悪いしな。
義景と信長では生まれついての能力が違うからな。
信長って奴が滅ぼしちゃいましてね
信豊と義統で延々殴り合ってその後も逸見やら粟屋やらが相変わらず挙兵してる若狭が安定……?信長の観音寺城攻めが1558年辺りの世界かな?
本圀寺の変って真冬だもんな。
将軍の権威を信じないのに若狭武田の守護の権威は信じてたんやね。
上洛はできるっちゃできるだろうけど、その後がなあ
無理して上洛したところでなにをもらえるか?
若狭守護はむりだろうし飛騨はいらないし
加賀の守護職とかもらっても今まで変わらず一向宗と戦うだけだし
朝倉的に全然美味しくない
しかし当主が出陣しない政策は、短期的には反乱リスクを回避できても、長期的には代わりに大将を務める一門の権威権力を増大させてしまい一門統制が困難になるリスクを生じさせる。
「一門が好き勝手やっていがみあっているせいで大名家として纏まって行動することがろくにできず消化不良のまま滅亡」という史実の末路は、この長期的リスクが顕在化したものといえる。
朝倉当主もこのような状況を改善すべく文化政策やら朝廷・幕府への協力やらで統治の正当性を強化しており一定の成果は挙げたが、結果的には間に合わなかった。
後出し孔明するならば、どこかで短期的リスク(反乱リスク)を甘受して当主自ら出陣しておくべきだったのだろう。
ただ、その短期的リスクの実現により滅亡する可能性もあったので、どの時点で短期的リスクを取るべきだったのかは難しい話になるだろう。
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