1: 歴ネタななしさん

うまいのか気になる
1: 歴ネタななしさん
・芋の煮ころばし
・湯豆腐
・ぬた
・ゆでダコ
・煮しめ
・数の子
・おでん
・イワシ塩焼き
・カモの吸い物
・ねぎとりのなべやき
・日本酒
・焼酎
・から汁(おからを入れたみそ汁)
・油揚げのうま煮
・ショウサイフグのスッポン煮
・フグの吸い物
・アンコウ汁
・ねぎま(ネギとマグロを煮た鍋料理)
・マグロの刺し身
・刺し身の盛り合わせ
・田楽
・ゆでダコ
・煮しめ
・数の子
・おでん
・イワシ塩焼き
・カモの吸い物
・ねぎとりのなべやき
・日本酒
・焼酎
・から汁(おからを入れたみそ汁)
・油揚げのうま煮
・ショウサイフグのスッポン煮
・フグの吸い物
・アンコウ汁
・ねぎま(ネギとマグロを煮た鍋料理)
・マグロの刺し身
・刺し身の盛り合わせ
・田楽
6: 歴ネタななしさん
水で薄めてるから不味いらしい
8: 歴ネタななしさん
今と比較すると不味いと思うぞ
9: 歴ネタななしさん
現代人が江戸時代の衛生状況で飯食ったらめちゃくちゃ腹下しそう
11: 歴ネタななしさん
腹壊すし寄生虫が住み着く
12: 歴ネタななしさん
マジなの?枠な湯豆腐とか食わせてくれるんじゃないの?
1: 歴ネタななしさん
“ちょっと外で一杯”という日本の居酒屋文化は、実は歴史が長い。もとを辿ると8代将軍・徳川吉宗の頃にさかのぼる。店自体は現代ほど居心地の良いものではなかったものの、やはり名物メニューがあったようだ。
美味しさ、大きさ、安さの三拍子が揃った名物メニュー
酒屋の店先で酒を飲む男たちが手にしている細長い急須のような入れ物を江戸時代には銚子と呼び、これを湯につけて燗酒にするのが一般的な飲み方だった。「職人盡繪詞」国立国会図書館蔵
仕事帰りに、ちょっと一杯を楽しむ人は多い。江戸時代でもやはりそんな人が多かった。では、江戸の人たちはどんなところで酒を楽しんでいたのだろうか。
現在一般に愛飲されている清酒は、室町時代の終わりごろから江戸時代初頭ぐらいの間に生まれたとされ、江戸時代に一般へ広まった。それまでは今のどぶろくのような濁り酒で、アルコール濃度も大分低かった。
当時酒は酒屋で量り売りされていた。通い徳利(とっくり)という店の名前を書いた専用の徳利に入れて販売し、飲み終わったら徳利を返却してもらう。武家屋敷の発掘現場などで、この通い徳利が発見されることがあるので中には返さなかった者もいたようだ。
享保年間(1716~1735)に、店先で酒を飲ませる酒店が現われた。今でも有料で試飲してみて気に入ったら1本買うことができるという店があるが、こうした業態は江戸時代からあったのだ。酒を買って家まで待ちきれない人や徳利を戻しに来るのが面倒という人などが多かったのだろう。大変な評判になり、あちこちにこうした店ができた。
その中のひとつが鎌倉河岸(かまくらかし)にあった豊島屋という店だ。鎌倉河岸という名前は、江戸城築城時に鎌倉からの荷物を陸揚げしたことからつき、築城が終わった後も江戸時代を通して、船荷のつく場所として港湾労働者などが多く集まった。豊島屋ではこうした労働者相手に酒だけでなく、つまみとして豆腐田楽を売り出す。ここの田楽は大きいことで知られ、1本2文と安かったので好評を博した。
ちなみに豊島屋は、桃の節句につきものであった白酒で有名な店で、2月25日の売り出し日には徹夜で並ぶ人も多かったという。この店は現在も商売を続けているので、江戸の人々に人気だった白酒は今も味わうことができる。
豊島屋の大盛況を見て、他の店も真似をし始めた。一方、寛政年間(1789~1800)ごろから、酒も飲ませる煮売酒屋も登場。煮売屋は、現在のそうざい屋のようなものだろうか。おかずなどごはんに合う総菜を売っていたが、店内で食べることができる場合もあった。今でも定食屋や中華料理屋で食事と一緒に、生ビールをジョッキできゅーっというのと同じ感覚かもしれない。煮豆に、焼き豆腐、こんにゃく、くわい、レンコンやゴボウなどを醤油で煮しめたものなどが煮売屋のメニューなので、こうしたものを肴に酒を飲んだのだろう。やがて食事を出すのが専門であった飯屋でも酒を出すようになり、酒の提供店では縄でできた暖簾を入り口のところに掲げるようになった。そのため、居酒屋のことを「縄のれん」ということもあった。
居酒屋の店内には時代劇だといすと机が置かれているが、実際にはそういったものはなかった。土間に置かれた背もたれのないベンチのような床几(しょうぎ)に腰を掛け、自分の膝の上や、かたわらに酒や料理を置かなければならないという不自然な態勢を強いられるため、長居はできない。もっとも江戸っ子は長っ尻は嫌ったから問題なかったのだろう。
1品8文(240円)くらいからと肴の方はお手頃価格だったが、酒は、文化・文政(1804~1829)のころで1合20文(600円)から32文(960円)と今から考えると少し高め。それもあって泥酔するほど飲むということはあまりなかったのかもしれない。
美味しさ、大きさ、安さの三拍子が揃った名物メニュー
酒屋の店先で酒を飲む男たちが手にしている細長い急須のような入れ物を江戸時代には銚子と呼び、これを湯につけて燗酒にするのが一般的な飲み方だった。「職人盡繪詞」国立国会図書館蔵
仕事帰りに、ちょっと一杯を楽しむ人は多い。江戸時代でもやはりそんな人が多かった。では、江戸の人たちはどんなところで酒を楽しんでいたのだろうか。
現在一般に愛飲されている清酒は、室町時代の終わりごろから江戸時代初頭ぐらいの間に生まれたとされ、江戸時代に一般へ広まった。それまでは今のどぶろくのような濁り酒で、アルコール濃度も大分低かった。
当時酒は酒屋で量り売りされていた。通い徳利(とっくり)という店の名前を書いた専用の徳利に入れて販売し、飲み終わったら徳利を返却してもらう。武家屋敷の発掘現場などで、この通い徳利が発見されることがあるので中には返さなかった者もいたようだ。
享保年間(1716~1735)に、店先で酒を飲ませる酒店が現われた。今でも有料で試飲してみて気に入ったら1本買うことができるという店があるが、こうした業態は江戸時代からあったのだ。酒を買って家まで待ちきれない人や徳利を戻しに来るのが面倒という人などが多かったのだろう。大変な評判になり、あちこちにこうした店ができた。
その中のひとつが鎌倉河岸(かまくらかし)にあった豊島屋という店だ。鎌倉河岸という名前は、江戸城築城時に鎌倉からの荷物を陸揚げしたことからつき、築城が終わった後も江戸時代を通して、船荷のつく場所として港湾労働者などが多く集まった。豊島屋ではこうした労働者相手に酒だけでなく、つまみとして豆腐田楽を売り出す。ここの田楽は大きいことで知られ、1本2文と安かったので好評を博した。
ちなみに豊島屋は、桃の節句につきものであった白酒で有名な店で、2月25日の売り出し日には徹夜で並ぶ人も多かったという。この店は現在も商売を続けているので、江戸の人々に人気だった白酒は今も味わうことができる。
豊島屋の大盛況を見て、他の店も真似をし始めた。一方、寛政年間(1789~1800)ごろから、酒も飲ませる煮売酒屋も登場。煮売屋は、現在のそうざい屋のようなものだろうか。おかずなどごはんに合う総菜を売っていたが、店内で食べることができる場合もあった。今でも定食屋や中華料理屋で食事と一緒に、生ビールをジョッキできゅーっというのと同じ感覚かもしれない。煮豆に、焼き豆腐、こんにゃく、くわい、レンコンやゴボウなどを醤油で煮しめたものなどが煮売屋のメニューなので、こうしたものを肴に酒を飲んだのだろう。やがて食事を出すのが専門であった飯屋でも酒を出すようになり、酒の提供店では縄でできた暖簾を入り口のところに掲げるようになった。そのため、居酒屋のことを「縄のれん」ということもあった。
居酒屋の店内には時代劇だといすと机が置かれているが、実際にはそういったものはなかった。土間に置かれた背もたれのないベンチのような床几(しょうぎ)に腰を掛け、自分の膝の上や、かたわらに酒や料理を置かなければならないという不自然な態勢を強いられるため、長居はできない。もっとも江戸っ子は長っ尻は嫌ったから問題なかったのだろう。
1品8文(240円)くらいからと肴の方はお手頃価格だったが、酒は、文化・文政(1804~1829)のころで1合20文(600円)から32文(960円)と今から考えると少し高め。それもあって泥酔するほど飲むということはあまりなかったのかもしれない。
2: 歴ネタななしさん
揚げ物メニュー無いのきつくない?
3: 歴ネタななしさん
ビール欲しい
4: 歴ネタななしさん
まぐろ刺しとかは飲みものなのか?
6: 歴ネタななしさん
当時の日本酒はアルコール度数5パーあるかないからしいがどうなんかね
8: 歴ネタななしさん
イワシ塩焼き・・・食べたい
9: 歴ネタななしさん
ねぎまってこの頃は鍋料理なんやな
10: 歴ネタななしさん
しょっぱ
11: 歴ネタななしさん
こういうのでいいんだよ
12: 歴ネタななしさん
レモンサワーがないからダメや
2: 歴ネタななしさん
蕎麦掻にワサビ醤油を付けて摘みにしてたな
4: 歴ネタななしさん
当時は度数コントロールした今のポン酒じゃなくマンマ度数だったろうしそれならそのコストでいいかもね
辛めの煮物少々で強ポン酒カーッてやりたい
辛めの煮物少々で強ポン酒カーッてやりたい
5: 歴ネタななしさん
おい、店主 おからを持って来い ばかもんめ
6: 歴ネタななしさん
時代物だと案外つまみを食べている映像はなくて酒ばかり飲んでた感じ
ネタ元: ・江戸時代の「居酒屋」で酒呑みに愛された人気メニューとは? [きつねうどん★]
ネタ元: ・江戸時代の居酒屋メニュー、「わかってる」感がすごい
ネタ元: ・江戸時代にタイムストリップして居酒屋で飲み食いしてみたいよな





コメント
ちゃんと捌かれていても大量に食うと死ぬやつじゃん。
基本家飲みで居酒屋とか無いと思うだけに、外食店が出来たときや出した人とかの記録があれば本が書けそう
アル中御用達じゃねーか!
街道の宿場町や湊なら名物もあったりしただろう。城下町も規模次第だろうな。
度数が高い原酒を直飲みだと、高い糖度とタンパク質等の雑味の直撃を受けることになるぞ
まず米の品種改良が進んでないからタンパク質豊富だし
ワインも醸造技術が未熟な頃は糖度高くて水で割ってたらしいし
逆だとインメルマンターンなのか
料亭だと『銘水割り』を売りにしてそう
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