2: 歴ネタななしさん
3594
3: 歴ネタななしさん
あの時代あの立場で天寿を全うできたのは普通にすごいと思います
4: 歴ネタななしさん
結果的にとはいえバッドエンドルートを全部回避してしまった人
17: 歴ネタななしさん
有能だったら殺されてただろうしガチ暗愚だったら殺されてた絶妙なバランスだったんだろう
6: 歴ネタななしさん
蜀がなくなってちょっとショック
7: 歴ネタななしさん
晋が継承で揉めてグダグダだったのには責任無いもんな
9: 歴ネタななしさん
立ち回りが上手すぎる
12: 歴ネタななしさん
劉備って偉人だなんだ言われてるけど親としちゃかなりのネグレクトやらかしてよな
15: 歴ネタななしさん
白糸の劉禅とかいう妙にカッコいい評
16: 歴ネタななしさん
治世だったら無難な君主になっていただろうね
18: 歴ネタななしさん
>治世だったら無難な君主になっていただろうね
仕事はしないが余計な邪魔もしない人ってのは
そういう一つの素質なんだろうなって思う
仕事はしないが余計な邪魔もしない人ってのは
そういう一つの素質なんだろうなって思う
19: 歴ネタななしさん
仕事はしてるよ
ゴーサインも出すしノーサインも出す
孔明を侮辱したら独裁もする
ゴーサインも出すしノーサインも出す
孔明を侮辱したら独裁もする
22: 歴ネタななしさん
蜀でも同じような贅沢はできるけど陳情受けたり采配したりしてるし何より田舎だしな
恋しいかって言われるとまあそうなるな
恋しいかって言われるとまあそうなるな
21: 歴ネタななしさん
信長の野望烈風伝PK版に氏真とジョン王とトリオを組んで天下を狙うシナリオがあったけと他2名にはヘボいなりに一応使い物にならんこともない能力が一つはあったのに対して劉禅だけ義理以外の全能力が壊滅的で一番悲惨だった
29: 歴ネタななしさん
このとき地面に叩きつけたから阿呆になったんじゃ…
27: 歴ネタななしさん
中国の価値観だと何もしなかった無能になるんだろうか
28: 歴ネタななしさん
乱世だからね
劉璋の立場が…
劉璋の立場が…
34: 歴ネタななしさん
徹底抗戦せずにあっさり降伏した
蜀の民にとってはその方がいいんちゃうか
蜀の民にとってはその方がいいんちゃうか
37: 歴ネタななしさん
今川氏真といい阿斗ちゃんといい滅亡後の立ち回りが上手い
39: 歴ネタななしさん
永は宦官と対立して遠ざけられた
理は早死にして息子もすぐ死んで孫の代になってる
どっちも洛陽に一緒に行ってる
理は早死にして息子もすぐ死んで孫の代になってる
どっちも洛陽に一緒に行ってる
47: 歴ネタななしさん
クソみたいな土地と人材不足の国を継いだんだろ?
あと定期的に魏を攻撃しろみたいな酷いノルマもある
あと定期的に魏を攻撃しろみたいな酷いノルマもある
50: 歴ネタななしさん
>これはひどい
3594(三國志)だから仕方がない
3594(三國志)だから仕方がない
51: 歴ネタななしさん
三國志8REMAKEで育てがいがあるんだけど完璧超人にしたらなんか違うなってなる
53: 歴ネタななしさん
猜疑心で能臣を粛清しないだけマシな方の暗君
91: 歴ネタななしさん
讒言で孔明を引き上げさせるとかやってるから平時でもあんまりいい君主とは言えない
62: 歴ネタななしさん
暗愚っちゃ暗愚なんだけど残り二国のラストエンペラーと比較するとなんぼかマシかもしれん
63: 歴ネタななしさん
なんか劉璋とダブるんだけど劉璋は防衛戦を何年もやってるものな
65: 歴ネタななしさん
無能だけど悪い奴ではなかったんだろうな…ってなる奴
68: 歴ネタななしさん
暴君具合も中々なのにいまいち影が薄い呉の人
73: 歴ネタななしさん
凡人なりに軟着陸させたってイメージだな
74: 歴ネタななしさん
>凡人なりに軟着陸させたってイメージだな
良くも悪くもボンボンってイメージ
孫晧はサイコすぎる
良くも悪くもボンボンってイメージ
孫晧はサイコすぎる
82: 歴ネタななしさん
孫晧「帝を殺すとか大逆だと思うんだけど賈充くんはどう思う?」
77: 歴ネタななしさん
あの時代に40年国維持出来たのは素直に凄いと思う
78: 歴ネタななしさん
前漢→呉楚七国
後漢→諸侯群雄割拠
魏→皇族冷遇で司馬氏専横
晋→やっぱり皇族重視したら八王の乱
どうしろと…
後漢→諸侯群雄割拠
魏→皇族冷遇で司馬氏専横
晋→やっぱり皇族重視したら八王の乱
どうしろと…
86: 歴ネタななしさん
劉璋「劉禅くん、これも因果だよ」
93: 歴ネタななしさん
一人の人間としてはめっちゃ勝組だよな
無能だけどのうのうと天寿を全うできた
無能だけどのうのうと天寿を全うできた
85: 歴ネタななしさん
転生したら劉禅だったんだけどここから中華統一できる方法ある?
87: 歴ネタななしさん
荊州取られる前にタイムスリップしないと…
92: 歴ネタななしさん
関羽が生きてるなら爆速で荊州行って呉との仲立ちするしかなさそう
104: 歴ネタななしさん
頑張りすぎだろ
149: 歴ネタななしさん
安楽公とはよく言ったもの
170: 歴ネタななしさん
人形劇三国志だと「聡明だけどまだまだ未熟」という評価
なお成長は描かれずナレーションで蜀滅亡
なお成長は描かれずナレーションで蜀滅亡
174: 歴ネタななしさん
「死ぬまで特定の臣下を信用し一任した」
「その臣下の死後も家族を厚遇した」
これだけでも暗君/盆君としてはかなりの高評価
「その臣下の死後も家族を厚遇した」
これだけでも暗君/盆君としてはかなりの高評価
175: 歴ネタななしさん
孔明に対してはマジで信頼してたのが伺える
179: 歴ネタななしさん
「即位直後に先代の遺臣を粛清しなかった」も
187: 歴ネタななしさん
3594のネタ能力になってからでも魅力は64とか人並みにあるから
君主として最低限仕事出来たりとかはするのはコーエーの情けか
君主として最低限仕事出来たりとかはするのはコーエーの情けか
ネタ元: ・









コメント
まずこれが事実とまったく違うのが……
だからといって決して有能では無い。
有能ではないというか、中国史にはもっと無能がいるってだけで別に普通に無能だからなぁ
比較される相手が主に演義補正マシマシな劉備や諸葛亮だから相対的に物凄く無能になってるだけだと思う。
漢の再興というどうやっても果たせぬ国是を掲げてしまった立地が悪く国力も低い国を40年も無難に統治したのはそれだけでただ無能なだけではないと思う。
言われてるほど政治に無関心でもなかったみたいなんだよな
効果は全く上がらなかったけど
陳祗以降の人事って劉禅が自分に阿諛追従してくれる人を自分で選んでるやん
それで部下のせいはないわ
よく言われる姜維戦犯論だって実際は後期北伐は劉禅が寵愛した陳祗の主導だからな
劉禅の蜀乗っ取られる寸前の魏後継者争いから暴君連打の呉と統一前から三国全部ひどいよな
長期政権でありがちなパターンで言われるほど無能のイメージはないな
まぁ、英傑ではないだろうけど
四相のような能力も気骨もある人物がもう蜀に残ってなかったんじゃないかな
人材の世代交代が上手くいかなかったのはもちろん劉禅の責でもあるが、劉禅にノーと言わせるだけの能力を持った人物がいなけりゃ消去法でイエスマンだらけになるわな
悲しいことに諸葛瞻はイエスマンにすらもなれなかったが
そんでその重臣たちも死んだ後になって甘い部分が出てしまった
諸葛亮と諸葛亮の残した蒋琬、費禕がいた時は丸投げして国は保ったが
その3人が死んでからは徐々に衰退して滅亡したから普通に無能だと思うよ劉禅は
費禕が死んだ後に劉禅もすぐに死んでたら有能な臣下に任せた名君と評価されてそう
費禕が死んだ後の有能な特に内政臣下って誰?
樊建も諸葛瞻も姜維締め出そうと黄皓とタッグ組んだし・・・
あと元蜀臣は晋の方で伝を立てられてるから別に人材が払底してた訳ではない
単純に相手の侵攻を受け間違えただけ
文章読解力に問題がある人だという自己申告
それはそれとしてコエ三國志の能力値でネタにしてるのは不快
知識より大事なものを育て忘れて手遅れになった人みたい。
他の暗君を引き合いに出すなら分かるがなんで曹爽?
北伐は普通に反対派も居て有名な上奏文もあるんやで
それを無視して北伐強行させたの劉禅なのに後期の政治腐敗と国力衰退に劉禅の責任を求めないのは普通に無理ある
調べりゃわかるけど、後期の国力の急激な衰退(あと蜀征伐の敗北)には劉禅がガッツリ関わってるんやで
追記
というか晋代に蜀の旧臣で埋もれてた人物が結構な数発掘されて名を残してるので人材が払底してたんじゃなくて劉禅に登用能力がなかっただけや
暴君でないなら魏晋南北朝では上位50%には入れるからな
普通に魏で司馬氏に仕えてればよくね?でも賈充の下は勘弁な。
大体劉禅よりはるかに力持ってた孔明を排除しなかったから有能は無理あるて
孔明がどれだけけた外れの権力持たされてたか理解してんのかな
君主は臣下をやろうと思えばいつでも排除できるって前提に立ってるのがもう歴史まともに知らん奴の考えって感じ
国家統制の部分に関しては国家元首の劉禅に責任があるのは否定しないけど、北伐は国是なので致し方ない部分もあるのでは?
形式だけでも魏を倒して漢を復興させるムーヴをしないと国家としてのアイデンティティがなくなるし求心力も失う
劉禅が始めた物語ならともかく、劉備が始めた物語で後戻りはできないからな
北伐が国是がまず勘違い
諸葛亮死後は諸葛亮が無理ならもう無理では?みたいな論調が台頭していって北伐はどんどん縮小していった
それを費禕死後にゴリゴリの北伐強硬派の陳祗を大抜擢したのは劉禅だし(陳祗の権力は劉禅の強い信任で成り立ってたことは史書に書かれてる)その後後期北伐も上手くいかなくてもうやめましょうよって上奏文が譙周から上がってきても無視して陳祗に北伐させたのも劉禅
後期北伐は劉禅が蜀の北伐反対派をわざわざ抑え込んでやってる
打倒魏が国是なのそうなんだけど、=で北伐しなきゃではないの
なぜなら魏の政情不安は蜀にも情報届いてて、機が来るまで内で国力を充実させましょう派といや今だからこそ攻めましょう派で別れてた
で蔣琬くらいまでは大胆に北伐しましょう派が勢い合ったけどその後どんどんうちで国力充実させましょう派が政治的主流派になっていってたの(特に費禕の代)
それを費禕の後任にわざわざ外に攻めましょう派最右翼の陳祗を抜擢して流れを北伐推進に盛大に引き戻したのが劉禅
個人的には霊帝、劉璋、劉禅が三国志(暗君と言われているが実際は)凡君三傑。
霊帝→幽帝
間違いました。
陳祗を抜擢したのは費禕だよ
確かに書き方が悪かったね
侍中に抜擢し中央政権への参画をさせたのは費禕
その後劉禅の個人的寵愛を背景に費禕死後に中央政権で大権をふるったというのが正確
自分の平凡な能力を正確に把握して出来る限りのことはやったけどそれだけじゃ乱世を渡りきれないよね、という感じ。
まさしく、凡庸って振る舞いだが、あの環境で凡庸に振る舞えるのはどちらかといえば有能よりな気がする。本当に凡庸なら、もっと酷い結果になっていそう。
四相体制を信任の結果とみなすのは無理あるって
董允とか憎んでたけど排除できなかっただけやし
人材を見抜く能力は絶対ない
劉禅が寵愛して重用した人物はほぼ無能しかおらん
霊帝で合ってない?
陳祗は問題もあるけど能力はあると思うぞ
あるのは実務能力だけでしょ
後期北伐による国力の急激な衰退も、自己権力守るために黄皓に阿って政治腐敗加速させたのも陳祗やん
まあそういう何でもいうこと聞いてくれるイエスマンだから劉禅は登用したんだが
そもそも凡人って評価も普通に過大や
新政始めた後の動き見てたら普通に暗愚
結果的に成功しなかったとはいえ一番の小国なんだから待ってても先はない。
費禕の言うように諸葛亮を超える有能者の出現を待つなんて非現実的だし、255年の北伐
に反対したのは張翼だけ。
その北伐もほとんどは呉や異民族と連携したり、魏人の寝返りの機に乗じたもの。
段谷で大敗してからは姜維下ろしが始まるけど黄皓も北伐に反対したとは書かれていない。
でも黄皓に権限与えたいがあまりイエスマン周りで固めて政治腐敗加速させたのが普通にアウトやん
政治的分裂の責任は劉禅にもあるけど黄皓を趨走の小臣と呼んでて特別な権限は与えてないよ
黄皓のことを最初は董允が抑えてて陳祗がうまく利用してたので黄皓による専横は同じ役職である諸葛瞻らの責任でもある
うまく利用はいい方にとらえすぎ
呉志の評を一才無視するんでもない限り蜀末の政治組織が相当崩壊してたのは事実なわけで
実際それが蜀征伐で負けない戦いに負けて国滅ぼした上に国境地域を地獄にしたんじゃん
陳祗代允為侍中、與黃皓互相表裏、皓始預政事。
祗死後、皓從黃門令為中常侍奉車都尉、操弄威柄、終至覆國。
三国志董允伝に董允の生前は劉禅が黄皓を重用するのを抑えていたが、陳祗が代りに侍中になると黄皓と表裏一体になり、権勢を得たとはっきり書かれてる。
しかも表裏一体は政治的に不適切な関係を表す強い批判的文脈
陳祗伝にも「祗統職一紀,柔嘉惟則,幹肅有章,和義利物,庶績允明。命不融遠,朕用悼焉。夫存有令問,則亡加美諡,諡曰忠侯。」と陳祗が劉禅の寵愛を受けると董允が黄皓との争いを避けるために身を引いたとの文が出ており、陳祗が劉禅の寵愛を受けて権勢を増す過程で黄皓の権勢も増してるのは正史に記述されてる
結果的に黄皓が滅亡の原因になったので間接的に責任はあるが陳祗が黄皓の専横を志向したわけでもない
「祗統職一紀,柔嘉惟則,幹肅有章,和義利物,庶績允明。命不融遠,朕用悼焉。夫存有令問,則亡加美諡,諡曰忠侯。」は陳祗を讃えて美諡を送るという文で董允も黄皓も出てこないんだが?
陳祗伝の引用はこっちのミス
申し訳ない
引用すべきはその後
自祗之有寵,後主追怨允日深,謂為自輕,由祗媚茲一人,皓搆閒浸潤故耳。
そもそも三国志正史における黄皓、陳祗の記述は董允に付されていて、紀伝自体の構成が董允が生きていたころは黄皓は抑えられていたが、その死後陳祗が台頭するとそれが崩れたという構図で書いている。
(董允伝)
終允之世,皓位不過黃門丞。
陳祗代允為侍中,與黃皓互相表裏,皓始預政事。祗死後,皓從黃門令為中常侍、奉車都尉,操弄威柄,終至覆國。蜀人無不追思允。
特に黄皓と陳祗の関係について、與黃皓互相表裏、皓始預政事。とはっきり書かれているのに黄皓が陳祗の生前は力を持っていなかったは余りに無理がある。
少なくともちょうど同時代に宮中にいた陳寿の認識では黄皓の専横のきっかけは董允の死によって始まっているという形で三国志正史では書いている。
逆にどの資料を持ってそれを否定してるのか教えてほしい。
だけど諸葛亮時代から続く尚書台を抑えた官僚制度がそれを阻害していた。
それを陳祗は劉禅に阿ることで権勢を得て権力をふるった。
この経緯があるのに陳祗が黄皓に権力を当てなかったっていうのは紀伝の立て方からして無理があるし、陳祗の政治的バックボーンが劉禅に阿ることで成り立っていたのは華陽国志等別の資料でも書かれてる。
華陽國志
祗上承主旨,下接閹豎,深見信愛,權重於維。
彼の権力バックボーンが劉禅への阿りと宦官への取次で成り立っているのは複数の資料で確認できる記述。
劉禅はずーっと黄皓に権力与えたがってたからな
単に四相の権勢が劉禅の人事権を上回ってたからできなかっただけで
それで念願かなって与えたらあれだから劉禅が暗愚は正直動かすの無理だと思う
おそらく蔣琬費禕時代に大規模な北伐を行えなかったので挙国一致体制を取るために宦官も抱き込む必要があったんだろう
結果的に段谷で大敗したために罪が残ったが陳祗の時代は蔣琬費禕時代よりよっぽど国が一つになっている
ごめんその悪さをしたないって何が根拠なの?
少なくとも陳寿の批判的な記述とは完全に対立してるけど
史料を教えて
いやいやいや
単独で伝の立ってない陳祗、黄皓が董允伝で連続して言及されてる事、
與黃皓互相表裏とまで言われてる事、
祗上承主旨,下接閹豎,深見信愛,權重於維というように陳祗の政治権力の源泉が劉禅への阿りと宦官への取次で得られていたこと
これらの記述全部無視やん
>>陳祗が生きてるうちは黄皓が蜀末期のように上表を寝かせたり私的な人事を行った記述はない
これまるでそういう記録がないみたいに言ってるけど、そもそも蜀は記録資料に乏しく人事記録そのものが残ってないだけやん
まるで黄皓の専横が残ってる人事記録から陳祗死後に始まってるかのように言ってるけど、単に黄皓の悪行の類型としてそういうことをやったという記述が他人の伝にあるというだけの話だよね?
陳祗の生前に黄皓の悪行の記録がないのならあったとは言えないし、「祗死後,皓從黃門令為中常侍、奉車騎都尉,操弄威柄,終至覆國。」と黄皓が権柄を弄んだのは陳祗死後とはっきり書いてある
いやあのさあ、そもそも紀伝体の意味理解してる?
陳祗の記述黄皓の記述って名目上言ってるけど、実際には独立の伝が立ってない以上彼らには個別に言及してないっていうのが少なくとも陳寿の姿勢なわけ
その上で陳寿は董允伝で二人に時系列で言及してんの
しかも政治腐敗していった過程といして
それに陳寿は明確に黄皓に批判的なの
それは陳寿が黄皓に直接政治的に排除されたから(これは晋書に記述されてる)
その上で董允伝の中で直接その黄皓と陳祗を與黃皓互相表裏と評してんの
もちろんこれは陳寿の主観がかなり入った記録だから事実と相違してる可能性はあるよ(史記の記述が考古学資料によって否定されたように)
だから他の資料をもってその記述を否定するならわかるけど、陳寿の三国志を引用しながら都合の悪いところだけ陳寿の記述を無視するのは歴史学的に誠実とはとても言い難いね
黄皓が後に専横したからと言ってその前から記録にない悪行をしていたとする方が史料に対して不誠実だろう
いやだから紀伝体の意味理解してるかって聞いたんだけど……
紀伝体って個人の記録じゃないからね
その人を通じて蜀末の政治史を語るっていう形式の記述なの
その中で董允伝として、黄皓、陳祗の記述が並んでるの
これに明確な意図がないと判断するなら悪いけどそもそも紀伝体と言う歴史書式に対する知識がないとしか思えない
それに記録がないならどうとでも解釈してもいいなら黄皓に陳寿が排除されたのは陳祗の生前か死後か記載されてないからどうとでも取れるぞ
普通に陳祗の生前から説あるしな(陳寿が異様に陳祗嫌ってるから)
他伝の記録からいっても陳祗の時代は北伐の準備をしていたら呼び戻された蔣琬や自身は北伐に反対だったのに小規模な北伐を行っていた費禕よりよっぽど国が一つになっている
ごめんだからその蔣琬や費禕の時代より国が一つになったはどの資料のどの記述に基づくの?
原文を示して
っていうかごめん
正史ベースじゃなくても残ってる蔣琬、費禕、陳祗の官職と権限を比べて陳祗のほうが国がまとまってったって論調はよほど強い根拠資料が別にない限り無茶や
いわゆる四相時代は大将軍 録尚書事 朝政統括これらを一人が有して相当強い中央統制的独裁権を有してた時代
これに比べて陳祗の持ってた権限は遥かに小さく劉禅の個人的寵愛に権力の源泉をかなり依存していた
これで陳祗のほうが国をまとめれてたなら相当強い資料的根拠がないとただの妄想にしかならん
お前にとって国がまとまるって北伐の遂行がすべてなんか
そりゃ話が通じんわ
陳祗より蔣琬と費禕の方が権限が大きくても実態としては政治的に分裂しているんでな
『仇国論』を出した譙周や張嶷など筆頭に複数あるけどな
ごめんだからそれ誰の記述なの?
少なくとも陳寿は四相を悪く言えば神格化してるし明らかに陳祗に批判的だから国家運営が陳祗のほうがスムーズなんて書き方は蜀史の中ではしてないんだけど
別に陳寿の記述を他の資料をもって疑うならいいんだけど、チェリーピッキングして都合がいい記述だけ抜き出すような資料の使い方いい加減やめな?
陳寿だってバイアス掛かってる可能性十分にあるんだし
でも陳寿の思想と違うことを陳寿の記述からひねり出すのは言葉遊び以上の意味はないよ
黄皓に陳寿が排除されたのが陳祗の生前なら祗死後〜操弄威柄なんて書かれんでしょ
>>74
蒋琬や費禕の時ほど大規模な対立は起きてないな
陳寿は黄皓の専横の原因は黄皓を政治に関係させた陳祗にもあると述べているだけなのに、お前が史料にないのに陳祗生前から黄皓が私的な人事を行ったと思ってるから話にならならんだけ
いいから紀伝体について勉強しな
>>64
表裏は地形とか親しく結ぶ時にも使われるのでそれ自体に批判的な意味なんてない
これはいくらなんでも無理あるぞ
陳祗代允為侍中、與黃皓互相表裏、皓始預政事を批判的という解釈は俺の意見ではなく、史学的に一般的な解釈(どの訳本を読んでも三国志研究を読んでもこれを批判的とみなしていない研究者はいないと思う)
互相表裏を批判的でないという解釈をするならこの云々だけじゃなくて現代の三国志研究自体(というか中国史学研究全般)に対する挑戦になるから頑張りな
三国志中にそういう用例がありますよ
董允が抑え陳祗が政治に与らせた黄皓が陳祗の死後になって専横したというのがこの時代に対する陳寿の見解だよ
別に陳寿の意見を疑うのはいいよ?
陳寿だってバイアス掛かってる可能性十分にあるんだし
でも陳寿の思想と違うことを陳寿の記述からひねり出すのは言葉遊び以上の意味はないよ
もしかして表裏の話だけしてる?
文脈とか慣用句って存在しない世界の住人?
わざわざ原文貼ってるのにそれすら読めないのえぐいて
引用箇所コピペミスって既に誤って訂正してる文を持ち出す時点で苦しいって
もう揚げ足取りしかしてないし自分でも自分の主張が無理あるの理解してるだろ
実際別にここで俺が引いたところで文献資料の解釈は既に多数の学者が出してるし、このスレのレスバでそれが動くわけでもない
研究史料の参照すればそれでこの話は終わり
陳祗が生きてるうちにやった悪行も出てこないしお前こそ自分の主張に無理があるって理解してるだろ
えっと
>>55でとっくに引いてるんだけど
この長文見落とすってマジ?
もしかして相手のレスまともに読んでない?
だから議論噛み合わないの?
あとお前がここで言い張っても研究史料は変わらないよ
この論は俺のオリジナルじゃなくて単なる通説の引用だから研究者の本を読んでください
それでその研究に挑戦して下さい
最後に行ったもん勝ちで終わりたいなら好きにして下さい
以上
これはざっくり言うと陳祗と黄皓が理由で劉禅は董允を追怨したという文で董允が黄皓との争いを避けるために身を引いたという記述ではないですね
本当に最後に一つだけ言わせて
途中で何度も言ってるけど俺はあくまで『陳寿』は陳祗に批判的であり、それは今までの三国志研究から明らかという話をしていた
なので陳祗がそれでも能力があったという話には付き合う余地があった。(華陽国志や晋書の記述はもっとマイルド)
ただお前があくまで陳寿の記述(あるいはそれに対する研究の積み重ね)を無理やり捻じ曲げようとしたからそこを批判した
俺はこの話で陳祗や黄皓の実態ではなくそれに対する陳寿の評価についてと何度も念を押した
陳寿の解釈を新たにするなら今までにない資料や根拠が必須だった
そして目の前の箱を使えばそれが不可能だったわけではない(実際陳祗の実態は『他資料からの解釈』によって今揺れている。だから俺は陳寿の思想を鎮守の言葉で否定するのは無理とわざわざ言った)
にもかかわらず目の前の箱を使うこともの全くせずひたすら何の立証もせず持論を展開するだけ
その時点でお前は歴史を語れる知性はない
まともな歴史研究を学んでくれ
あくまで付き合う余地があったっていうだけで俺は陳祗無能派だし黄皓台頭生前説派ね
ただしそれはあくまで俺が同時代に生きた陳寿の思想に重きを置くだけで他の考え方があるのは理解してるし知ってる
でも陳寿の記述についての解釈については現状動かす余地は少ないってだけ
それだけだったのに通説を無視したオリジナル理論振り回してまともな話ができなくしたのお前
コメントする