3: 歴ネタななしさん
あくまで推測の一つ
秀吉の出自は不明が正しい
秀吉の出自は不明が正しい
6: 歴ネタななしさん
秀吉が農民って言われてるけど江戸時代初期の書籍だよね
で見直しがされたけど結局出自を示す物は秀吉が監修した天皇の落胤という書と当時の人が書いた秀吉の出自は貴ではない(身分良くないよ)くらいしかない
結局親族で身分高い人がいないので農民商人もしくは雇われの傭兵とかあたりじゃない?
で見直しがされたけど結局出自を示す物は秀吉が監修した天皇の落胤という書と当時の人が書いた秀吉の出自は貴ではない(身分良くないよ)くらいしかない
結局親族で身分高い人がいないので農民商人もしくは雇われの傭兵とかあたりじゃない?
11: 歴ネタななしさん
>6
母親や姉が下級の侍と婚姻できるぐらいだから家柄的なバックボーンはないけど下層民ってほど極端でもないとは思う
母親や姉が下級の侍と婚姻できるぐらいだから家柄的なバックボーンはないけど下層民ってほど極端でもないとは思う
12: 歴ネタななしさん
>雇われの傭兵
父親の前歴についてはこれじゃないかなあと思う
実母の大政所も夫=秀吉の実父の生国を知らなかったんじゃないだろうか
父親の前歴についてはこれじゃないかなあと思う
実母の大政所も夫=秀吉の実父の生国を知らなかったんじゃないだろうか
14: 歴ネタななしさん
姉の夫は最初は農民で秀吉の出世で武士に取り立てられた人じゃなかった?
父親はそもそも雑兵か足軽で士族ではないはず
父親はそもそも雑兵か足軽で士族ではないはず
15: 歴ネタななしさん
親父は一応武士だけど全然仕事がないから百姓と兼業してたみたいな説は聞いたな
16: 歴ネタななしさん
戦国時代の雑兵って基本徴兵された現地の農民とか金銭目当ての日雇い労働者みたいな立場だからね・・・
足軽も常備軍なのは一部の大名だけで基本は農民
足軽も常備軍なのは一部の大名だけで基本は農民
7: 歴ネタななしさん
世界には農民や盗賊や奴隷から王朝を築いた豪傑もいるから日本にもそんなヤツが1人は欲しいところだ
10: 歴ネタななしさん
色々な職業の人が武将になってる時代なのでまあ
天下人まで上り詰めた人は秀吉しかいないが
天下人まで上り詰めた人は秀吉しかいないが
17: 歴ネタななしさん
太閤記をどこまで信用していいかは分からんが
その太閤記でも家出る時にオカンからまとまった金貰って商売して今川に仕えるところから秀吉の人生が始まるので
初めから読み書き計算が出来てそれなりの蓄えもある階層出身なのは間違いない
その太閤記でも家出る時にオカンからまとまった金貰って商売して今川に仕えるところから秀吉の人生が始まるので
初めから読み書き計算が出来てそれなりの蓄えもある階層出身なのは間違いない
20: 歴ネタななしさん
秀吉の姉と妹は別に最初から身分の高い人に嫁いでないよ
24: 歴ネタななしさん
秀吉だけじゃなく同じ織田四天王の滝川一益も出自不明だよな
織田信長がそもそも出自がどうあれ能力重視で重用する人だったから家柄の武士ばかりじゃなくてこういう人が集まったんだろうけど
織田信長がそもそも出自がどうあれ能力重視で重用する人だったから家柄の武士ばかりじゃなくてこういう人が集まったんだろうけど
29: 歴ネタななしさん
秀吉の親族って母方ばかりで父方の人間が一切いないのは割と闇深いと思う
30: 歴ネタななしさん
父親がそもそも流れ者で土地の人じゃないのかもな
日雇いで戦に参加する傭兵とかで尾張に流れ着いて結婚したとかなら親族と疎遠でもあり得る
日雇いで戦に参加する傭兵とかで尾張に流れ着いて結婚したとかなら親族と疎遠でもあり得る
34: 歴ネタななしさん
何らかの理由で父親を嫌っていて終生関係を断っていたという予想はできるがそれだけで父方の親類が全く出てこない理由としては弱いか
35: 歴ネタななしさん
祖父清康と父広忠両方が20代で死んだ徳川家康にさえ酒井忠次という父方の(義理の)叔父がいたのに
秀吉の人生には父方の叔父、従兄弟、甥の姿が全く見えない
秀吉の人生には父方の叔父、従兄弟、甥の姿が全く見えない
39: 歴ネタななしさん
農民だけど割と裕福より(武家に嫁出せるくらい)
秀吉は家出てるのでクソ貧乏から成り上がったのは事実みたいな感じじゃなかったかな
秀吉は家出てるのでクソ貧乏から成り上がったのは事実みたいな感じじゃなかったかな
44: 歴ネタななしさん
一般的には実父とされる弥右衛門と義父の竹阿弥は別人とされてるが同一人物説もあるんだな
ただその場合でも父方の親族や一族が一切出てこないのはかなり違和感有るので公に出来ない事情があったりしたのかね
ただその場合でも父方の親族や一族が一切出てこないのはかなり違和感有るので公に出来ない事情があったりしたのかね
46: 歴ネタななしさん
記録や親族がいないこととか考えると農民出身じゃなくても大して変わらん身分じゃない?
48: 歴ネタななしさん
どっちにしろ隠さないといけない程度に低いのは確か
51: 歴ネタななしさん
母方は結構いい感じの家(農民基準)
父方カスなら低い身分から成り上がったけど字を習える土壌はあるが両立できる気はする
父方カスなら低い身分から成り上がったけど字を習える土壌はあるが両立できる気はする
49: 歴ネタななしさん
ご落胤説広める為に意図的に存在消した可能性とかもあるんかな父とその一族
52: 歴ネタななしさん
関白になって以降はそうだろうけど
人材掻き集めてた長浜時代から父方親族が全く現れないので
単なる不仲とかいうレベルじゃない闇はあると思うよ
人材掻き集めてた長浜時代から父方親族が全く現れないので
単なる不仲とかいうレベルじゃない闇はあると思うよ
54: 歴ネタななしさん
もし父方の親戚がいたとしたら遅くても浅井氏滅亡後に北近江を拝領した時点で尾張から引っ張ってきて士分に取り立て家臣にしてただろうから存在を一切合切消すのは難しいんでないか
55: 歴ネタななしさん
字は汚いから幼少期から習ってたわけではないんじゃない?
59: 歴ネタななしさん
でも能筆として評価高いよ?
61: 歴ネタななしさん
あっという間に京都奉行として普通に儀式対応とかもできるくらいチートだぞ
65: 歴ネタななしさん
ちょいちょい変な集団と仲がいい
72: 歴ネタななしさん
>65
そのへんの地回りというか流浪民みたいな連中と謎のコネがあるよな
そのへんの地回りというか流浪民みたいな連中と謎のコネがあるよな
75: 歴ネタななしさん
そう考えると当時でいう地回りヤクザみたいな家柄だったりしてな
金はあるけど公にできない裏社会の
金はあるけど公にできない裏社会の
66: 歴ネタななしさん
元から読み書き計算は仕官する前からできてたっぽいので教育できる人間の近くで育ったことは間違いないが
母方の家にそういう人が見当たらないので父親が教育を受けていた説が有力
隠居した謎の学者先生みたいな都合の良い存在でも村に住んでないかぎり
母方の家にそういう人が見当たらないので父親が教育を受けていた説が有力
隠居した謎の学者先生みたいな都合の良い存在でも村に住んでないかぎり
70: 歴ネタななしさん
元お坊さんとかになるんだろうな村でいそうなのは
そういえば書の中だと秀吉って寺小僧もやってたとかあったか
そういえば書の中だと秀吉って寺小僧もやってたとかあったか
71: 歴ネタななしさん
それなら太閤記にある義父と不仲で押し込められた寺で覚えた可能性が高い
73: 歴ネタななしさん
いくら信長でも巷説云われてるみたいには出自が本当に不明な人間を抜擢ってあんまり見られないので
記録に残ってないだけで最低限の武士階級の身分は持ってた気はするんだよな
記録に残ってないだけで最低限の武士階級の身分は持ってた気はするんだよな
80: 歴ネタななしさん
>73
織田家は領地の拡大に人材の数と質が追い付いていないので
多少怪しいのでも使わざるを得なかったんだと思う
それで引いた人材ガチャURが秀吉
織田家は領地の拡大に人材の数と質が追い付いていないので
多少怪しいのでも使わざるを得なかったんだと思う
それで引いた人材ガチャURが秀吉
83: 歴ネタななしさん
信長はヘタに領内の武家のほうが信用できないだろうしな
そんな時裏社会に近いような秀吉が近づいたなら採用しそう
そんな時裏社会に近いような秀吉が近づいたなら採用しそう
74: 歴ネタななしさん
知略で勝負する人みたいなイメージが今も強いが
浅井・朝倉との最前線の横山城代を務めたり荒木村重の乱で孤立した播磨で踏ん張り抜いたりと多くの死線を潜り抜けている
浅井・朝倉との最前線の横山城代を務めたり荒木村重の乱で孤立した播磨で踏ん張り抜いたりと多くの死線を潜り抜けている
76: 歴ネタななしさん
出世頭の明智光秀と羽柴秀吉の前半生がよくわからないからそれを抜擢した信長が凄いねって話なんだぞ
明智家自体は由緒正しい家でも肝心の光秀がそこ出身かもわからない
明智家自体は由緒正しい家でも肝心の光秀がそこ出身かもわからない
77: 歴ネタななしさん
明智はまあ……責任回避の為に一家総出でおあしすしたんやろな……公文書1つでも残したら家ごと消えるだろうし必死だ
88: 歴ネタななしさん
そもそも柴田勝家も宿老みたいな顔してるけど家は成り上がりだしな・・・
91: 歴ネタななしさん
勝家の場合は土豪出身だから一応は地方の有力者が武士になったていう経歴
まあ勝家は間違いなく成り上がり
まあ勝家は間違いなく成り上がり
89: 歴ネタななしさん
農民って言っても富豪の輩みたいなのもいるし
戦国時代の最初の方でもでも元武士の商人とか結構いるよな
戦国時代の最初の方でもでも元武士の商人とか結構いるよな
90: 歴ネタななしさん
公方様のお遣いやってた明智のみっちゃんと並んで卒なく京都奉行こなす猿顔にお公家衆はさぞ度肝を抜かれただろう
102: 歴ネタななしさん
>90
まあこの時期織田家の連中が代わるがわる京で奉行してるので
秀吉一人に度肝抜かれたって事はおそらく無いだろう
まあこの時期織田家の連中が代わるがわる京で奉行してるので
秀吉一人に度肝抜かれたって事はおそらく無いだろう
95: 歴ネタななしさん
農民出身じゃなかったていう説が出回ってるのもただただインパクトで世間が注目するからってだけ
なら織田家に仕えて出世して当然かと言われると秀吉が凄かっただけでしょにしかならんし
なら織田家に仕えて出世して当然かと言われると秀吉が凄かっただけでしょにしかならんし
96: 歴ネタななしさん
蜂須賀、竹中、黒田と織田家では外様ばっか部下に配置したら秀吉ファミリー作って軍閥化していくんで
中国方面司令官やってた頃にはかなり不気味な存在だったと思う
中国方面司令官やってた頃にはかなり不気味な存在だったと思う
99: 歴ネタななしさん
歴史研究家の人の話だと織田家ほど得体の知れん人材が集まる家はないらしいが
101: 歴ネタななしさん
>歴史研究家の人の話だと織田家ほど得体の知れん人材が集まる家はないらしいが
織田家がそもそも成り上がりじゃない?
尾張一円を支配する家じゃなく守護代の部下が信秀だったわけだし
織田家がそもそも成り上がりじゃない?
尾張一円を支配する家じゃなく守護代の部下が信秀だったわけだし
108: 歴ネタななしさん
木下藤吉郎の名前が出てくる現在発見されている最古の文書が1565年発行なので遅くともそれまでには信長に仕えていた
でその1565年時点で斎藤氏配下の豪族達への調略に従事しているので、ひょっとしたら織田家に仕官する前から美濃方面へのコネをいくらか持っていたのかも知れない
でその1565年時点で斎藤氏配下の豪族達への調略に従事しているので、ひょっとしたら織田家に仕官する前から美濃方面へのコネをいくらか持っていたのかも知れない
110: 歴ネタななしさん
信長の父親の信秀のころから出世して大名になったから能力重視で部下を作ってた感じで外様や出自不明が入りやすかった家だったってことかな
135: 歴ネタななしさん
父方の一族に関しては早い時期に本当に全滅してただけとかだったら笑うしかないが
まあその類の可能性までは確認しようが無いもんな
まあその類の可能性までは確認しようが無いもんな
139: 歴ネタななしさん
結局スレ画は何者なんだよ
146: 歴ネタななしさん
>結局スレ画は何者なんだよ
豊臣秀吉です…
豊臣秀吉です…
ネタ元: ・



コメント
貧農じゃ無理
自分たちの村は自分たちの武力で守るのが当たり前の時代
農民と武士が明確に分けられたのは刀狩り以降
坂本龍馬は明治維新の立役者ではなかった(島津のパシリ)
上杉謙信は結構負けまくってた(信者により無敗扱い)
浅井長政は信長の家臣だった(毛利への手紙)
父方叔母が嫁に行った青木氏関連でうっすら見えているんだよ
そこそこ有力な土豪と婚姻できる程度の力はある家だったと思われる
与右衛門と竹阿弥は同一人物で嫡男の秀吉含む兄弟が幼いうちに何某かの理由で亡くなって没落した
父親の扱いが曖昧なのはその死が徹底して隠さなきゃならんほど不名誉なものだった可能性が高い
こんなとこかなって感じ
そのおばと結婚した青木重矩自体が武士としての功も記録もなし、そもそも所領があったのかも分かんねえレベルの人だから土豪かどうかは微妙じゃない?
子の一矩も初出が羽柴家に仕えてからだし
秀吉の初仕官が遠州松下氏ってのも良い感じでハマってくるし?
信秀が那古野奪取の時期とも良い感じハマってくるし?
字は汚く、誤字当て字も多い
短期の教育しか受けてないか独学なんじゃなかろうか
隠し砦の三悪人で見られるよ
そしてある程度の家なら不明はあり得ない
青木の姉妹が三河の松平一族に嫁いでるんで庶民ではなくそこそこの家やろって話
目立った所領無くてもでかい寺社のトップや豪商とかは土地の有力者扱いになるからその可能性もあるよ
きちんと教育を受けても必ずしも字が綺麗になるわけではないからね…
名門でもあやふやなのは結構あるとおもうが
南部氏なんか現代まで続いちゃいるが鎌倉〜南北朝の系譜はあやふやだし
葛西氏みたいに初代と末代以外の系譜がわからない家もある
織田弾正忠家も信定以前の繋がりはあやふや
信長周りも系譜がしっかり伝わっていない人物はいる
ましてやその下っ端家臣レベルなら、余程の筆豆一族か寺社仏閣入り浸り家系じゃないと
記録は残らないもんだと思う
業病とか絶縁しなきゃ死活問題レベルのことが発生したのでは?
秀吉は父親の行方を探すのも話題に触れることもヤバくてできなかったってことで色々説明が付くよ
この時代は江戸時代みたいに身分がガチガチに固定化されてる訳ではないのである程度の流動性があった
だから自分よりもちょっと上の身分になれたりもした、秀吉はそのちょっと上を積み重ねて関白まで登り詰めた
新説だからって無条件に持ち上げる流れ終わって欲しいわ
身内を騙る不届き者扱いで処刑された。
彼は大政所の家庭で育った訳じゃないけど誰が育てたのか?
織田家でそれなりの身分になれるようになったのは自身の才能だけじゃなくてねねと結婚して立場がよくなったからなんじゃないかみたいに感じるけど実際どうかはわからん
ただねね自身が信長と文のやり取り出来るぐらいの立場だから影響あるようには感じる
×武士だった
◯不明
◎不明だが、かつて信じられていたような最底辺出身にしては不審な点が多い
父親が正室である大政所の許可を得ず囲った側女の子なんじゃないの
あの時代の正室の権限は支配階級でも庶民でもかなり強固なものだしな
憎たらしい妾の子がいけしゃあしゃあ近づいてきたからこそ秀吉と大政所の態度が冷淡だったとか
豪農だったかは不明だし家柄と言えるようなものはやっぱり無かったんじゃないかな?
生母のなかは鍛冶師の娘みたいな伝承があるようだし、広義の意味での百姓、そして父親が早くに亡くなって実質母子家庭で生きる為の生業を転々としていた、という感じじゃなかろうか。
秀吉誕生後すぐに死亡、その後継父から追い出されたって伝承が案外正しいのかもな
実子優先で継子、養子追い出すのはよくある話だし
親が織田の足軽だったなら伝手もある
読み書きは・・・寺や商家なら学べたんかな?
刀鍛冶(土岐&斎藤氏ご用達かつ全国規模で名の知れた超一流)の関家だぞ
大政所の父親説があるのは一番有名な当主の息子の一人で祖父の代で土岐氏の家臣に取り立てられてる
ただの農民が婚姻を結べるわけないので娶った弥右衛門の木下家もそれなりの家なのは間違いないよ
庶民なら少なくとも村や町の正規構成員かつ寺の檀家で身元が確かでないと寺で読み書きを学べない
そして庶民が行ける範囲で読み書きを教えてくれる場所は寺くらいしか無い
もちろん「だから秀吉は名家出身だった」とは言わないけど、親世代の出自が怪しい柴田勝家や明智光秀、滝川一益と大差ない気はする
これ秀吉本人が書いてるだろ
青木系図だと姉か妹はいるが女子としか書かれてないけど嫁ぎ先は松平なん?
松平広忠の生母説→青木弌宗娘
華陽院(於大生母)の実父説→青木弌宗
この青木弌宗と青木重矩が同系統
って説があるみたい
広忠の母は青木貞景娘説もあるし華陽院も実父はあやふやだけどね
そっちは確かに青木系図に書いてあるね
大神君祖母也って
その女子の三兄弟は行方不明やな
一般に知られている戦国時代の面白い話は、江戸時代の講談本で創作されたものらしい。
SNS担当の佐吉が勝手に書きました
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