2: 歴ネタななしさん
朝倉滅亡時に戦死
6: 歴ネタななしさん
義龍亡くなるのが早すぎた
8: 歴ネタななしさん
信長に美濃を献上して天下人たるを決定づけた人
尾張と美濃だけで並みの領土換算で10か国分ぐらいの国力だぜ
尾張と美濃だけで並みの領土換算で10か国分ぐらいの国力だぜ
9: 歴ネタななしさん
ガチムチの大男だったらしいな
11: 歴ネタななしさん
名前のかっこよさなら戦国ナンバー1
12: 歴ネタななしさん
実績が全然ないから歴史ゲーではかなり能力低くされる人
15: 歴ネタななしさん
まああれだけ国人衆に背かれたら能力に疑問符ついても仕方あるまい
30: 歴ネタななしさん
>15
道三も背かれて敗死してるわけで
道三流斎藤氏は成り上がりだからどうしても国衆を抑えるのが難しい
道三も背かれて敗死してるわけで
道三流斎藤氏は成り上がりだからどうしても国衆を抑えるのが難しい
16: 歴ネタななしさん
道三「アイツラに後をまとめさせて婿殿に譲ってやった」
17: 歴ネタななしさん
ムカつく息子や無能な孫より娘が可愛い
現代でもあると思います
現代でもあると思います
19: 歴ネタななしさん
龍興も六角承偵も領地奪われた後も色々暗躍してるっぽいけど信長作品では結構はしょられがちよね
21: 歴ネタななしさん
竹中重治にションベンかけてキレられたのって龍興だっけ?
35: 歴ネタななしさん
>21
龍興無能の印象ってこの逸話に集約されてるよな
龍興無能の印象ってこの逸話に集約されてるよな
24: 歴ネタななしさん
有能だったら生き残れただろう
28: 歴ネタななしさん
>有能だったら生き残れただろう
国を追われてから結構生き延びてたじゃないか
国を追われてから結構生き延びてたじゃないか
39: 歴ネタななしさん
斎藤氏とは7年間織田とやりあった
ノッブが家督継いで身内との戦いの後8年後に桶狭間
一向一揆との闘い10年と考えると結構な年月費やしてる
ノッブが家督継いで身内との戦いの後8年後に桶狭間
一向一揆との闘い10年と考えると結構な年月費やしてる
40: 歴ネタななしさん
戦国大名としてはぱっとしなかったがその後の反信長活動に異様なバイタリティを発揮する男
41: 歴ネタななしさん
義龍は超有能説あるし一定以上は有能だと思うけどこいつは国追われても意外と頑張ったねとしか
42: 歴ネタななしさん
美濃追われた後伊勢長嶋一揆支援・三好三人衆と結託して反乱・朝倉に属して刀根坂参戦
執念はすごいのよ
ちなみに美濃追われたとき20歳くらいで明らかに経験不足
執念はすごいのよ
ちなみに美濃追われたとき20歳くらいで明らかに経験不足
74: 歴ネタななしさん
マムシの子はマムシだから孫もマムシのバイタリティ
77: 歴ネタななしさん
どこかのタイミングで歴史の表舞台というか目立った場所からフェードアウトし
富山で温泉地を見つけて小さな村の村長になり
その後出家して寛永の頃まで生きたって説があるんだよね
本人の可能性は低いだろうけど
誰かしらが「我は斎藤龍興なり」って名乗りたくなるくらいのカリスマ性があった人なのかも
富山で温泉地を見つけて小さな村の村長になり
その後出家して寛永の頃まで生きたって説があるんだよね
本人の可能性は低いだろうけど
誰かしらが「我は斎藤龍興なり」って名乗りたくなるくらいのカリスマ性があった人なのかも
88: 歴ネタななしさん
美濃追放されてからが人生スタートみたいな人
まあその時点でようやく二十歳だし復権目指して打倒信長に燃えてる時のほうが充実してたかもしれん
まあその時点でようやく二十歳だし復権目指して打倒信長に燃えてる時のほうが充実してたかもしれん
92: 歴ネタななしさん
国を追われて逃げ込んだ三好朝倉は当時の二大勢力なのに合戦でことごとくが信長に負けるとは思わなかっただろうしなあ
93: 歴ネタななしさん
朝倉が格の割にクソ雑魚かったせいでけっこう色んな人の運命が狂ってる
102: 歴ネタななしさん
龍興は正直親父より有能そう
義龍と対立した叔父の長井道利や別伝の乱に頭下げて和解できたのは龍興
さらに武田とも同盟結んで信長に対抗してたし
信長は武田と同盟をして斎藤を切り捨てさせてようやく美濃を制した
義龍と対立した叔父の長井道利や別伝の乱に頭下げて和解できたのは龍興
さらに武田とも同盟結んで信長に対抗してたし
信長は武田と同盟をして斎藤を切り捨てさせてようやく美濃を制した
128: 歴ネタななしさん
他の斎藤道三の孫は
なんか
どこかの織豊系大名や藩で目立たない家臣として
ひっそり生きてたりする
なんか
どこかの織豊系大名や藩で目立たない家臣として
ひっそり生きてたりする
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コメント
だから、20代で亡くなった人に無能の烙印を押すのは酷
本領を発揮する前に亡くなってしまった
「豊臣兄弟」でもちょっとだけ描かれていたが
龍興は国を失った後もしつこく織田信長と戦い続けている
長島一向一揆,三好三人衆,朝倉義景のもとで客将として戦ったとされる
最後は刀根坂の戦いで元家臣「氏家直昌」の手勢に討ち取られたようだ
これと好対照なのが今川氏真で
北条の下に居づらくなった後は、自分を裏切った徳川家康を頼り
父を頃した織田信長の前で蹴鞠を披露して生き延びている
私としてはどっちの生き方が「正しい」とか言うつもりはないが
「よくまぁ、こんだけ対照的な生き方をしたもんだ」とは思う
その後においてはスレ内にもあったように、反信長活動で異様な執念を燃やしていたけど
これは一角の人物でないとあちこちで受け入れて貰えるってことは無さそうに思うんだがどうなんだろ?反信長における旗印として利用出来るくらいの人物ではあったんだろうな
3行でまとめな
成人して分別が付く20歳以上なら結果がすべて
つまり家を潰したり衰退させたりした龍興や信雄は当主としてかなりの無能よ
関わりの深い半兵衛と3つくらいしか違わないし
義龍は信長の野望だと猛将扱いなのはなんでだろう
本人はどっちかというと政治面で頑張ってたはずなんだが、残された肖像画がいかにも猛将だからだろうか
人間は有能無能の二種類しかいないのか?どれだけ有能でも結果が出ない事もある、武田家が滅亡する原因を作った信玄無能ってことになってしまう
斉藤家滅亡時20歳なら何も出来なくてもおかしくない
その例えなら無能なのは義龍の方では
道三の出自はどうあれ一応正式に親父の義龍の代から「一色」龍興だからネームバリューとしては十分じゃないかな
義龍が生きてる時は信長が何度美濃を攻めても跳ね返されてたけど、義龍が死んで龍興に代替わりしたら5年で国を取られたからじゃない?
それこそ運としか言いようのない分岐がいくらでもあるからなあ
当主個人の才覚さえ優れていれば家は保つ、なんてことはない
才覚があってさらに運もあってはじめて家が保つ
信長は桶狭間からずーっと実力も運もトップレベルにあったけど最後の最後で運が尽きたね
6の理論だとそうなるね
徳川家康だって三方ヶ原で戦死してたら大した評価じゃなかったろうしな
義龍は美濃を他家からは守り通したから。
信長は今川が来てない時には美濃も攻めたりしてるし。
すごい遠回りして織豊政権に仕えて防具制作と切腹後の逸話に定評のある男
自分みたいな無為な人生を送っていると死ぬ寸前までやりたい事があったこの人の人生は少し羨ましい
守り通すとか言っても、長良川の戦いから死ぬまで5年程度だからなぁ。
信長は桶狭間の後に美濃の国衆とちょろっと小競り合いした程度で、その後は義龍死ぬまで三河叩いてたし。美濃攻めのために背後叩いてたんだろうけど。
もっと下の14歳で家が滅んだ山内一豊は御家再興して国持ち大名に成り上がったよ?
6歳も年長でもっと大きな家で頼れる家臣やコネもまだ残ってる状態で今川程度も家を保てなかった龍興は当主として無能だよ
恩人である長井氏を陥れた最低の血族なんだし因果応報な。
父親道三に下剋上して美濃の大名になれた時点で義龍は普通に有能だと思う
生存説がたくさん作られるぐらいには一角の人物と思われてたんだろうな
せやね、本人の能力がどうとかよりも、そういったネームバリューまで含めて、反信長の旗印として利用価値がある、くらいの人物ではあったんだろうなと
義龍生存なら信長の美濃侵攻はより困難になる可能性が高く、むしろ取れなかったかもしれないって複数の研究で評価されてるからね
各地で家系図改ざんの材料にされただけでしょ
消息不明かつ断絶したネームバリューのある家の当主だからフリー素材として最適だったってだけ
嫡流は明治に絶家したけれど、氏真がしぶとく生き残り多くの子孫を残したおかげで、その血筋は形を変えて現代までしっかりと繋がったんだから、良いんじゃねと思う
信長はもう家督をついで今川と戦っている
家康は今川から独立して清洲同盟を結んでいる
政宗は摺上原で蘆名と佐竹連合軍を倒してる
山内一豊が大名になったのは40歳、30代で死んだ義龍と比べるのは少し不公平だな
そして、君の理論だと織田家と敵対して御家滅亡の原因を作った龍興と信玄は無能って事になる
残念一豊は30代半ばの時点で山内家をほぼ元の状態まで復興させてんだわ
そこから先も更に家を大きくしたからこそ有能な没落ボンボンなんだよ
元にも戻せなかった龍興は文句無しに家の当主としては無能と言わざるを得ないよね
あと信玄の話はどっから出てきた?頭大丈夫か?
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